第五小節 想いの翼が羽ばたくとき


「こっちがお風呂に続く脱衣所だよ、レイちゃん。脱いだものはそのまま、そこにあるかごの中に入れてもらって構わないからね」

「あ、うん。ん、しょっと……」


 私がリンデと並んで衣服を脱ぎ、下着だけの姿になると、それを見たリンデが横から声を掛けて来た。


「わ、レイちゃん。とっても可愛い下着を着けているんだね。フリルがたくさん付いているの好きなんだ? きっとフィルモワールにあるようなお店だと、見えないところのお洒落もいっぱい楽しめそう」

「あ、実はこれ自分のお店で作ってみたものなんだ。どうせなら自分の好きなものをいっぱい詰め込みたいなって思って」

「そうなんだ? レイちゃんって、普通のお洋服だけじゃなくって他にも色々と作れちゃうんだね。ふふっ、本当にすごいなぁ。いつかレイちゃんのお店にもお邪魔させてね!」

「もちろん、いつでも大歓迎だよ。リンデに色々見てもらえたら嬉しいな」


 それから一糸纏わぬ姿になった私は、リンデと共に浴室へと移動した。大理石が敷き詰められた壮麗な浴室は、シャルの屋敷にあるそれと同様に、大浴場と形容するのが相応しいくらいほど広々としていて、私たち二人だけでは持て余すほどの空間があった。


 壁面に備え付けられた金の双頭蛇口を捻れば、水送管を通して湯と冷水とを自在に出すことが可能で、私はもともと用意されていた小さな椅子に座りながら傍らの桶にお湯を注ぎ、軽く体をそそいだあと、午後に訪れたあの湧水泉のような奥行きを誇る浴槽に、いつの間にかすっかりと冷えきってしまっていた身体をゆっくりと浸すことにした。


「んん……温かいなぁ。レイちゃん、お風呂は好き?」

「うん。お風呂って、良いよね。入るたびに生き返る感じがするよ」

「それ分かる。朝昼晩って一日に三回くらい入ってもいいくらい。あ……それよりレイちゃん。今日、調査に同行してくれるって言ってくれて、本当にありがとう」

「ううん。こんな私でも、リンデの役に立てるなら嬉しいから」

「その、お礼といってはなんだけれど……今日は私がレイちゃんの背中を流してもいいかな?」

「え、私の? そんな、何だか悪いよ……」

「ふふ、遠慮しないで大丈夫だよ。ほら、こっちに来て?」

「わっリンデ、ちょ、引っ張らないで……」


 私はリンデに押されるかたちで、彼女が示した椅子に座り、背中側から身体を洗ってもらうことになった。しかし正直に言って、こうしているのは私にとってかなり恥ずかしく感じられた。


 それはこんな風にしてリンデに身体を洗ってもらっていること以上に、私にとって長らく半妖の証だった背中の翼……だったものを、彼女に間近で見られてしまうことに抵抗があったからに他ならなかった。


「どう? レイちゃん。気持ちいいかな?」

「う、うん。とってもいい感じだよ。ありがとう、リンデ」

「ふふ、どういたしまして。それにしてもレイちゃんって、本当に綺麗な身体をしているよね」

「えっ?」

「あ、全然その、変な意味じゃなくって……肌もすっごくきめ細かくて雪のように真っ白だし、髪も透き通って見えるくらい繊細で、心からそう、思ったから」

「そんなこと……ないよ」


 リンデの言葉は本当に嬉しかった。でも半妖たる証を既に失っている今の私は、きっと半妖ですらなく、見た目が人間に似ているだけの歪な存在に過ぎない。それ故に私にとっては純粋な人間である彼女の方が、ずっと美しく思える。

 そして何より、そんな彼女から発せられる賛辞の全てが、私には眩し過ぎるように感じられた。


「レイちゃんったら、照れなくたっていいのに。それに私ね、レイちゃんは外見だけじゃなくって、心まで綺麗だなって感じるもの。交心なんて力を使わなくても、私にはちゃんと伝わってくるよ。レイちゃんの真っ白な心の光みたいなものが、ね」

「……違う」


 ――曇りのない、真っすぐな心を持っているのはきっとあなたのほう。本当の私は、心の何処かで純粋な人間として生まれたあなたのことを羨ましく……いえ、妬ましくすら思っているかもしれない、とても醜い心を持った半妖未満の存在。


「でも、レイちゃんの気になる人っていうのは本当に幸せだよね。だってそんなレイちゃんにずっと想ってもらえているんだから。私、レイちゃんと同じ女の子だけど、その相手の人のこと、ちょっと羨ましく感じちゃ――」

「違うの!」

「……えっ? う……その……レ、レイちゃん、ごめ――」

「私は! 私、は……誰かに羨ましがられるような、そんな美しい存在じゃない。妖魔はおろか今や半妖としても不完全な姿に成り果てた私は、心の奥深いところで、純粋な人間であるあなたの存在に嫉妬しているに違いないの……醜いでしょう、そんなの。私はこれまでもこれから先もずっと、何物でもないし何者にもなれない、神様の失敗作なんだ……そんな私のこと、一体誰が羨ましがるの? 誰が、好きになってくれるっていうの? 教えてよ、リンデ……ねぇ、教え――」


 その瞬間、私の胸の底で一斉にざわめきだした怖れと不安と絶望の風波が、全てを包み込むような柔らかな温もりに触れて、ぎ渡った。


 それは時間にすれば、きっとほんの一瞬。しかし私の中に絶えず落ちて行く時の砂は、その一粒一粒がはっきりと見えるほど緩やかに煌き、そして私の唇を過ぎて飛んでいくはずだった言葉たちが、それを受け容れんとするもう一つの唇と重なり、そのまま時の向こう側へと音もなく呑み込まれていくのが判った。


「んっ、んんん……ん、んぁ……」

「……んっ、んぁ、んんっ……はぁ、はぁ……レイ、ちゃん。伝わった……でしょ。あなたのこと、心から想っている人がちゃんとここに居るって、こと……」

「はぁ……リン、デ……」

「レイちゃん。少し前に私が言った言葉、覚えている? レイちゃんは、最初から最後までレイちゃんで、妖魔とか半妖とか人間だとか、そういうことは何の関係もないんだって。だから、レイちゃんはずっとレイちゃんのままで、いいんだよ。もし何処かに、それが駄目だっていう奴が居るのなら、この私が絶対に許さない」

「私は、私のまま……で」

「うん。それに……レイちゃんが背中に持っていた翼は、確かに目には見えなくなっちゃったのかも知れないけど……レイちゃんの心の中にある翼は、きっとまだ無くなってはいないでしょ?」

「あ……」


 リンデは再び私の背中側に回ると、私の翼だったものがあったところにその指先で優しく触れ、それから間もなく彼女の唇が、そこに温かな光を燈したのが肌を通して私の心に伝わってきた。


「私たち、人間が……愚かで醜い生き物で、本当に、ごめんね。レイちゃんは、その心の在り処を心無い人間から急に抉り取られて、きっと、物凄く痛かったよね……辛かった、よね……そして何より、悔しかった、よね……」

「リンデ……」

「もちろん、私たちがどれだけ謝っても、決して許されることじゃない……けど。私が、レイちゃんの心に突き刺さったままの棘……それが止めどなく伝えてくる消えない痛みを少しでも和らげることが出来るのなら、私はレイちゃんが望むこと、何だってしてみせるから……だからどうかこの私のこと、信じて……ほしいの」

「……うん……うん。私は、リンデのこと……信じるよ。ずっと……ずっと」

「ありがとう、レイちゃん……大好き、だよ」

「私も……私も、リンデのことが、大好き」


 そうして想いを交わし合った時に見えた、リンデの頬を伝う光は、とても美しく煌きながら雫となって宙に消えていった。ほんの僅かな輝きの軌跡を私の眼裏まなうらだけに残して。



 ***



「……ごちそうさまでした!」

「ふふ、お粗末様でした。とっても良い食べっぷりだったよ、レイちゃん!」

「め、面と向かってそう言われると、何だか恥ずかしいよ……でも、本当に美味しかったから、いつもより一杯食べちゃった」

「あはは。でも見ていてとっても気持ちが良かったし、喜んでもらえて何より! 久し振りに腕にりを掛けて作った甲斐があったよ。本当はその道を究めた料理人さんたちが作るお料理の方がずっと美味しいはずだけど……何て言うかその、レイちゃんが私に素敵なお洋服を贈ってくれたみたいに、私も何か自分の想いをかたちにして表してみたかったから……」

「前に、想いは最高の調味料だって聞いたことがあったんだけど……こうして、リンデの作ってくれたお料理を食べてみて、それが本当だったんだなって判ったよ」

「ふふっ、レイちゃんったらまた嬉しいことを事も無げに言ってくれるんだから。これ以上褒めても、何にも出てこないんだからね?」

「うぅん、私はただ、本当のことを言っただけなんだけどな……」


 リンデが私のためにつくってくれたお料理は、私がそれまでに食べて来たものの中で、間違いなく一番美味しいと感じられたものだった。

 それは以前、メルやリゼが時折口にしていた、心の底から笑顔になれるお料理そのもので、私がリンデからお料理を通してもらったものは、彼女の純粋な想いのかたちに違いないと思った。


「あ、そうだ……リンデ。ちょっと、いいかな?」

「うん? どうしたの、レイちゃん」

「えっと、リンデの調査に私が護衛を兼ねて同行するって話ね、私はもちろんこのままでも問題はないと思うんだけれど、何処か弓を貸し出してもらえる場所の心当たりってあったりするかな?」

「弓……? あっ、そっか! レイちゃんって小さい頃から弓の使い手だったんだものね。もちろん貸し出してくれるところはあるし、新たに購入することだって出来るけど、私ならそれよりレイちゃんにぴったりのものを紹介出来ると思うよ!」

「えっ? 私にぴったりのもの?」

「うん。今はお互いに食べたばっかりだし、あと少しだけ休憩したらすぐに案内してあげるね!」


 それからややあって、リンデから彼女の自室へと案内された私は、其処でこれまでに見たこともないような、実に立派な弓が飾られてあることに気が付いた。


「リンデ、これって……?」

「これは、私のお爺様が使われていた弓なの。何でも、今では絶滅したっていわれる瑤姫樹ようきじゅという木材と、非常に希少な幽世蜘蛛かくりよぐもの糸を弦として制作されたものらしくって。レイちゃん、これちょっと持ってみて?」

「……えっ? わ……何て、軽いの。まるで羽根を持っているみたい」

「あはは、レイちゃんったらまたまたぁ……だって私が今さっき持った時、結構重く感じたよ? いくらレイちゃんが鍛えていて私よりずっと力持ちだって言っても、それなりにずっしりとは来たでしょう?」

「うぅんと、上手く言い表せないけど、手にした瞬間にふわりと浮いたような感じがしたの……それに、何だかやけに手に馴染んできて。ずっと昔から使っていたみたいな感覚すら覚えるっていうか。ものすごく不思議な感じがするよ」

「それって、本当? ……だとしたら、持った人によって性質が変わったり、その人の魔素に反応してすぐに魔導体コンダクターになったりする感じ、なのかな? 私は身体強化とか一般的な魔導が苦手だから、その利点を上手く活かせなかったのかも」


 この弓は以前、メルがこの私のために作ってくれた特別な弓と、手にした時の感触が物凄くよく似ているように感じられた。


 メルが言うには、人が用いる魔導に対し、物質そのものが抗う力――魔導抵抗度なるものが極めて低い素材が自然界にもあり、そういった性質を持った材料を利用すれば、一般的な魔導の資質を持つ者なら誰でも、数多くの恩恵を受けられる特別な武具が製作出来るとのことだった。


「確かにものすごい弓だけど……これって、お爺様の形見、なんだよね? だとしたら、私なんかが気軽に使っていいものじゃない気がするんだけど……」

「ううん、全然そんなことないよ。ちなみに、お爺様は私が小さな頃に悪気ミアズマが齎した流行り病がもとで亡くなられたのだけど、若い頃は名の知れた闘獣士でもあったらしくて、各地に突然出没しては深刻な被害を与えてきた妖獣を相手に、この弓一つで戦っていたみたいなんだ」

「へぇ、リンデのお爺様はすごい人だったんだね」

「うん。お爺様は、私が小さい頃によく森や山にも連れて行ってくださって。危険な動物が急に襲ってきても、この弓で必ずお前を守ってやるって言ってくれたことをよく覚えてるよ。それでお爺様が息を引き取る直前、たとえ姿が見えなくなっても、この弓を通してお前のことをずっと見守っているって言葉を遺してくれて、そしてこの弓をお守りとして私に譲ってくれたの」

「そう、なんだ。だとしたらこの弓にはきっと……リンデのことをいつまでも見守りたいって願う、お爺様の想いが今でも宿っているんだね」

「……うん。だからこそ、レイちゃんに使ってもらいたいなって思って。そうすればきっと、私のお爺様も喜んでくれるって思うの」

「分かった。それじゃあ少しの間だけだけど、この弓を大事に使わせてもらうことにするね」

「うん! 頼りにしているよ、レイちゃん!」


 そうして私は、明日一日を弓の試射と身体のならし、そして現地調査への準備に費やすことに決め、翌日に備えていつもより早めに休むことにした。

 ただ床に就く前に、念のためリンデの調査に同行する旨を記した手紙を、シャルとメル宛てにそれぞれ伝書鳩を通じて出すことにした。


「あ、レイちゃん。お手紙を書いているの?」

「うん。一応メルとシャル宛てに、それぞれ出しておこうと思って」

「とっても綺麗な字だね。字は確か小さい頃にお母様から習ったんだよね?」

「そうなの。字の読み書きが出来ないと私が大人になる頃に困るだろうからって……お母さんは、いつか私が下層区スラムから抜け出して、人並みの生活が出来るようにって、他にもお裁縫とかお料理の仕方とか、色々と教えてくれたんだ」

「そっかぁ……ふふ、本当に素敵なお母様だったんだね。何だかレイちゃんの全身から滲み出ている、大きな優しさみたいなものの正体が分かった気がするよ」

「ふふ、なぁにそれ?」


 私は、お母さんの最期に、自分が隣に居てあげられなかったことを今でもずっと悔やんでいる。でも、お母さんならこの私に、いつまでも同じところで立ち止まっていないで、あなたに授けられた力を上手に使って、大切な人たちの助けになりなさいと、必ずそう言うに違いないと思った。


「これでよしっと……」

「お疲れさま。そのお手紙、明日一番で送ってあげるね」

「ありがとう、リンデ」

「ふふっ。ところでレイちゃん、その……今夜は特に冷えるみたいだし、もし良かったら、このあと私と一緒のお布団に入ってくれない、かな?」

「え、私がリンデと同じお布団に?」

「う、うん。駄目、かな?」

「そんなこと。私ならもちろんいいよ。一緒に寝よう、リンデ」

「やったぁ。ふふっ! それじゃレイちゃん、私のお部屋に行こ?」


 リンデの後に続いて再び彼女の自室へと入った私は、そのまま寝台へと導かれ、彼女と同じお布団の中で一緒に眠ることになった。

 寝台近くの小さな灯りに照らし出された近くの窓からは、しとしとと降る雨の囁き声が伝わって来て、何とも心地よい響きであるように感じられた。


「リンデ、外ではまた雨が降り始めたみたい」

「そうだね。でもレイちゃん、雨といえば今日は私たち、二人してずぶ濡れになっちゃったよね」

「うん。あの時は急に降って来て驚いたけど、ちょうど都合よく近くに隧道があって助かったよ」

「それに、お互いくっついて暖め合うことも出来たしね……こんな風に!」

「わっ、リンデ。急にびっくりするでしょ?」

「ふふ、これはあの時のお返しだよ。はぁ……でも今日は一人じゃないから、いつもよりぐっすり眠れそう」


 そういえば、今日私がリンデのお屋敷に入ってから今に至るまで、まだ一度も彼女のご両親の姿を見ていないことに気が付いた。

 午前中はきっとお仕事で居ないのだろうと思っていて、私たちが外出先から戻って来る頃にはご挨拶出来るだろうと考えていたものの、結局ご両親のどちらとも会えずじまいだった。


「リンデ……あの、変なこと訊くけど、ひょっとしてお屋敷ではここのところずっと一人きりだったの?」

「あ、うん。お父様やお母様は大体いつもお忙しくて。月の内の半分はどちらかが、あるいはその両方が揃って国外に出てお仕事していることが多いかな。まぁ結構前からそんな感じだから、居ないことにも段々慣れてきた感じがあるよ」

「そっか……」

「まぁ年に何度かはイリーとか学生時代のお友だちが泊まりで遊びにきてくれて、その時はすごく賑やかに感じられて楽しかったかな。けど、自分の胸の奥底に沈んでいた、ありったけのものをここまで曝け出せた相手は、間違いなくレイちゃんが初めてだと思う。その……えっと、口づけまでした、のも」

「そ、そうなんだ……」


 私は、リンデのその言葉を受けた途端に、今日お風呂の中で起こった出来事の一部始終が脳裏にありありと描き出されると共に、自分の中の鼓動が次第に早まって胸の奥がじんわりと熱くなっていくのを感じ、思わず生唾を呑み込んだ。


「ね……レイちゃんも初めて、だったの? その、誰かと口づけしたのって……」

「……うん」

「そっかぁ……私、あの時はもう自分の想いを伝えるにはこれしかないって思って、次の瞬間にはもう身体が勝手に動いていたから……レイちゃんには何の前置きもなく、しちゃって……レイちゃんはさ、あの……女の子同士でも好きって気持ちを、ああして伝え合うのって、やっぱり抵抗があったり、する?」

「ん、少なくとも私は……そういうのを感じたことはない、かな。きっと、ずっとメルたちの近くで彼女たち二人の姿を見ていたことも大きいと思う。私自身は一般的な価値観とか宗教上の問題とかはよく知らないけど、想い合うもの同士がそうやって気持ちを伝え合うことは、性別とか関係なしにとっても素敵なことだと思っていて……何処かあの二人の関係に憧れていた部分もあったと思う、かな」

「うん。今なら私もその気持ち、解る気がするよ……それに、レイちゃんの居るフィルモワールでは、そうやって女の子同士で深く想い合う関係も、至極普通のこととして捉えられているんだよね?」

「そうだね。昔のことは判らないけど、少なくとも今のフィルモワールは何よりも個人の自由な意思を貴ぶお国柄だから、性別とか生まれだとか、そういう壁も割と越え易い環境っていうか。今リンデが言ったような関係の人たちも、あっちでは普通に手を繋いで歩いているのを見かけるよ。結婚だって、出来るから……ね」

「……こっちよりもずっと、人の想いに対する理解が進んでいるんだね。ロイゲンベルクはそういうところはかなり頑固っていうか、保守的な層が強くて旧態依然としているから、おおっぴらには出来ない感じかな。まぁ今の王陛下に代わってからはかなり色々と変わり始めたみたいだけど、まだまだ時間が掛かりそうだね」


 小さな灯りの中に浮かぶリンデは、静かにため息を吐きながら、闇色に染まった天井をただぼんやりとした面持ちで見つめていた。そして少しばかりの沈黙をおいて、彼女はその静寂を自らの言葉で緩やかに切り裂いた。


「もし、さ。私が、いつかレイちゃんの居るところに移り住むことになったら……レイちゃんが見たその人たちと同じように、フィルモワールの街なかを、この私と一緒に手を繋いで歩いてくれる……?」

「リンデ……もちろん。その時は、この私がリンデの手を引いて、街中を案内してあげるからね。そして二人きりで行こうよ、色々な景色を見に……ね」

「ふふっ、うん……! 私、その時が来るの……楽しみに、してる!」


 間もなく寝台の近くに置かれていた灯りが消され、ほんの僅かばかりの明かりだけが窓から零れる部屋で、向かい合った私とリンデは互いの手を繋ぎ合わせると、揃ってその瞳を閉じた。きっと同じ色の想いを、それぞれの胸の中に描きながら。


「おやすみなさい、レイちゃん……良い夢を」

「おやすみ、リンデ……また、明日ね」

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