第四小節 ペトリコール


「えっ? イングリートさんが予定通りに帰って来れなくなった?」


 リンデは、自然保護区における学術調査が急遽必要になったとのことで、明後日にも現地へ向かうことになっており、そのために半日だけ自身が不在になってしまうことをロイゲンベルクに来る直前に交わした手紙の中で私にも伝えていた。


 現地調査には、リンデの友人であるイングリートが同行することになっていたらしいものの、手紙によれば彼女が現在仕事で滞在しているアルフォヴィアとこのロイゲンベルクとの間に流れる河川――オルゾ・マーレに水棲の巨怪として知られる大水蛇ヒュドラが突如として二体も出現したという。


 それによって川に架けられていたペジェル大橋は崩壊、辺りの水域を航行していた船舶にも甚大な被害が出てしまい、現在イングリートはロイゲンベルクに帰還するために、大きく遠回りする経路を選ばざるを得ない状況にあるとのことだった。


「困ったなぁ……今、保護区に居る動物たちの中に、その個体数を不自然に減らしている種が確認された報告を受けて明後日に現地に入ることになっていて、イリーにはその調査にあたって、もしもの時の護衛をお願いしていたの。調査自体が、最低でも二人以上の人員で行うことが義務になっているから、それもあったんだけれど」

「なるほどね……リンデって、書庫の司書長だけじゃなくって、他にも色々なお仕事をしているんだよね」

「レイちゃんには前に手紙の中で伝えたけれど……私には、動植物が持つ意思に感応する固有能力――交心テレパスがあるからね。だから今は、自然保護の活動にも深く携わらせてもらっているんだ」


 交心。それはリンデが生まれながらにして持っていたという、現在もその存在が公には認められていない特殊能力のことだそうで、彼女は小さな頃から動植物を相手に会話とまではいかずとも、その想いを通じ合わせることをやっていたらしかった。


 しかし、学院の庭園で花や虫たちに向かって話しかけている彼女の姿は、それを見た周囲の子たちにとって実に奇妙なものとして映ったようで、彼女が学長の孫ということでいじめなどの対象にこそならなかったものの、ある時にその子たちに気味悪がられていることと、またそれが普通の人間には無い異能であることが、皮肉にも判ってしまったとのだった。


 以降、リンデは人に対しては決してその交心を使わないように自ら制限した上で、周囲に誰も居ないことを確認してから密かに動植物との交流を図るようになったのだという。そして現在でも彼女がその力を持っているという事実は、彼女の家族とごく一部の人間に加え、あとはこの私しか知らない秘密事項であるらしかった。


「その護衛って、他の人に頼むことは出来ないの?」

「うんと、こっちではつい先週まで長い連休があってね。その連休中に貴人や学者たちの護衛任務についていた人たちが結構多くいたみたいで。それで保護区の調査時によく依頼していた人たちも、今は一斉にお休みを取っているはずなの」

「そうなの? でも、ここにも闘獣を専門にしているギルドがあるんじゃ?」

「それが、今はアルフォヴィア地方に出たっていう、大猪神カリュドンの対処にそういうギルドの人たちが王令を受けて応援部隊として派遣されていて。その一陣としてイリーも現地に赴いていたから……困ったことになったなぁって思っていたの。かといって法令の関係上、ここの生徒たちに頼むわけにもいかなくって」

「カリュドン?」

「ああ、大猪神っていうのはね――」


 リンデ曰く、カリュドンというのは、通常の十倍は優に超える体躯を持つ、極めて巨大な猪の姿をした妖獣で、その巨躯を以て縦横無尽に暴れまわり、出没報告が寄せられた地域にある数多くの街や農場に甚大な被害が出ているのだという。


「へぇ、そんな恐ろしい妖獣が……ところでリンデが話していた保護区にも、そういう危険な動物が住んでいるの?」

「ううん。基本的にこちらから刺激しなければ牙を剥くことはない、優しい子たちばかりだよ。いざとなれば交心の力で通じ合うことだって出来る。けど……何というかその、私ってかなり人見知りなところがあるから……同行者はなるべく気心の知れた人が良いかなって、そう思っていて……」

「……ねぇ、リンデ。現地に同行するのって私じゃ駄目、かな?」

「えっ……? レイ、ちゃんが?」


 私はメルやシャルに比べれば全然弱く、さっきのような聖隷獣を相手にすることはとてもではないけど出来ない。

 

 それでも、シャルのお屋敷の地下修練場で彼女たちが厳しい鍛錬に励んでいるところに交わって、せめて自分の身は守れるようにと、メルやシャルからは生来の資質があった魔導を利用した強化術インハンスを、そしてもともと私が上手く使いこなせていなかった、半妖だからこそ備えていた高い身体能力を活かせる武術をその道に極めて長けたリゼからそれぞれ教わったことで、今では一応、並みの人間以上には戦えるようにはなったと思っている。


 それに加えて、私には幼い頃から生きる糧を得るために磨き抜いた弓術の技もある。故にもし何処かで弓を貸し出してもらえるのなら、私が自分と誰かを守るために伸ばせる指先はさらに遠くにまで拡がるはず。


「私、手紙でも書いたことがあったけど、向こうではメルたちと一緒になって身を守るためのすべを学んでいたから、ほんの少しだけなら……自信はある、かも」

「そっか、レイちゃん……! あっちではメルたちと一緒に修行っていうか、武術とかも学んでいたことがあったんだよね。私そのこと、すっかり忘れちゃってたよ」

「だからもし、そんな私でも良かったら……リンデの力に、なれないかな?」

「レイちゃん……本当に来て、くれるの?」

「うん。もちろんその、私はメルたちが持っているような強さには遠く及ばないし、不安がないわけじゃないけど……リンデさえ良ければ、一緒に行きたい」

「ありがとう! レイちゃんが来てくれるのなら、私とっても嬉しい! さっきも言ったけど、こちらから変に刺激しない限りはまず大丈夫だから、そこまで大きな危険はないはずなの。だから、レイちゃん。同行、よろしくお願いします!」

「分かった。現地で何かあったら、私がリンデを守れるように頑張るからね」

「うん! ふふ、とっても頼もしいよ。それじゃ私、お昼を食べ終わったらイリーに返事の手紙を書いて送っておくね」


 それからしばらくして昼食を終え、リンデが伝書鳩を通じて返信用の手紙を送り、学院の各所を一通り見て回ったあと、私は彼女の勧めで学院の近くにある王立博物館まで徒歩で向かうことになり、学院をあとにした。


「本当はね、学院にも私みたいに魔術的な戦闘能力に恵まれなかった子のために、護身術の講義が受けられるようになっているんだけれど、私……敵って判っていてもその相手をぶったり、蹴ったりするのはどうにも苦手で……結局、魔術学院を出ているのに、その辺にいる同年代の女の子と変わらないぐらいの戦力しかないの。実に情けないでしょう? 私って……」

「ううん。リンデの気持ち、私には解る気がするよ。思いきりぶったりしたら相手もすごく痛いんだろうなって考えると、思わず身がすくんじゃうっていうか……それでも、いつか自分に守りたいものが出来た時に、敵意を持った相手に力で捻じ伏せられて、いいようにされちゃうのはどうにも悔しくって……あとで自分が後悔することがないように、意を決してメルやリゼたちに色々と教わったんだ」

「そっかぁ……私それって、すごくちゃんとした考えだと思う。実際、今の私が仮に暴漢にでも襲われたら、きっと相手を驚かせるぐらいのことしか出来ないし、もし相手がそれで怯んでくれなかったら一巻の終わりだもの。けど今は怖くなんてないよ。だってもしもの時はレイちゃんが私のこと、守ってくれるんでしょう?」

「争いごとがないのが一番だけれど、もし誰かがリンデを傷つけようとするのなら……私が、リンデのことを守るよ。リンデは私にとって、本当に大切な……お友だち、だから」

「レイちゃん……ありがとう。私もレイちゃんのために出来ることなら、何だってするからね。力になれることがあったら何も遠慮しないで、この私に教えてね!」


 その後、博物館へと辿り着いた私たちは、リンデと一緒になって様々な収蔵品を観覧した。最初に回ったのは歴史に纏わる展示空間で、そこにはかつてこの地上を支配していたとされる恐竜や古生物の化石を始めとしたものや、原始の人類が使っていた石器類に旧時代に失われたという文明の遺物、そして世紀を跨ぐ間隔で幾度となくこの大陸に姿を現した妖魔の大集団に関する資料などが数多く展示されていた。


「確かに、私たち人間は妖魔の襲来ごとに大きな被害を受けたことがここにも明確に記されているけれど、自分たちが妖魔たちに対してどのような接触を試みてきたのかに関する記録は不明瞭なあたり、どこか自分たちに都合がいいように編纂へんさん……下手をすれば一部改竄すらされている感じも否めないよ」

「ん……上手くは言えないけど、やっぱり実際に被害を受けた側に残るものは、いつも憎しみだったり復讐心だったりするんだろうなって考えると、その連鎖は時間がいくら流れてもあまり変わらないのかなって、これを見ていて感じたかな」

「そう、だよね。だから、その連綿と続いてきた流れを断ち切って新たな関係を始めようと思ったら、何処かの時点で誰かが自分に敵を作ることになっても大きな行動を起こさないと、きっと何も変えられないんだなって思う。私はね、レイちゃん。その誰かにいつか自分がなれるんじゃないかなって、ずっと思っているんだ」

「でもリンデはどうして、そこまで妖魔のことを……?」

「それは、自分でもどうしてか上手く説明出来ないけど……ただ、相手の気持ちを知らないまま、そしてこっちも自分たちの想いを何も伝えないまま、両方が憎しみあったり傷つけあったりするのは間違っているし、何より悲しいなってそう強く思うの」

「うん……みんながリンデと同じような視点で考えられるようになるには、相当な努力と時間とが必要になるだろうけど、それは決して不可能じゃないはずだよ。だって私とリンデとは、現にこうしてお友だちになれたのだから」

「ふふ、そうだよね。私とレイちゃんみたいな関係がいつか普通のことになるまで、私は今の自分が出来ることから始めていくよ。レイちゃんが力を貸してくれるんだから、絶対に諦めたりなんてしない……さ、レイちゃん。次に行こっか!」


 館内には美術館としての側面を覗かせる空間もあるようで、次に足を踏み入れた場所には古今東西の絵画や彫刻などの美術品が豊富に展示されていて、その他にも各地に根付いた固有の文化を象徴する工芸品の数々が肩を寄せ合うように並んでいた。

 その中には音を発する楽器のような箱もあり、それらの一つ一つに相当な技巧が集約されている様子だった。


「音楽かぁ……ねぇ、リンデは何か楽器を弾いたりするの?」

「あっ、私は小さな頃からハンマークラヴィーアっていう鍵盤楽器を習っているよ。レイちゃんがいるフィルモワールの方だと、ピアノフォルテって言うのかな?」

「ピアノ、フォルテ……? うぅん、何処かで聞いたような気もするけど、すぐには頭の中に浮かんでこないかな」

「ふふっ、大丈夫! ハンマークラヴィーアなら私のお屋敷にもあるから、帰ったら私が弾いて聞かせてあげるね。その時にレイちゃんも触ってみるといいよ。弾き方なら私が教えてあげるから。ね?」

「うん、ありがとう。楽しみにしているね」


 それから博物館の展示品を隅々まで楽しんだ私たちは、そこで一旦外に出ることにした。すると空を見上げたリンデが、今の内に行っておきたいところがあると私に告げて、私が彼女に手を引かれるかたちでしばらく街の郊外にまで歩いて行くと、やがて周囲の色づいた木々を鏡のように映し出す、実に青々とした水面が私の瞳の中に描き出された。


「わぁ……とっても素敵な場所だね、リンデ」

「でしょう? ここは古くから湧水泉になっていて、この青は地下から湧き出したお水の中に含まれている物質がそうさせているらしいんだけれど、今の季節だと、紅葉と重なってとても綺麗に見えるんだ。何だか空模様が段々曇り空になりつつあったから、晴れ間があるうちにこの青をレイちゃんに見てもらおうと思って」

「そうだったんだ。ふふ、フィルモワールだとこれからまさに夏を迎える時節だったから、今ここでこんな風に紅葉を楽しむことが出来て、何だかとっても不思議な気分だよ」

「そっかぁ、あっちだとほとんど真逆の季節なんだもんね。こっちは日に日に秋が深まっていくだろうし、今でも雲が多かったり風が強かったりするとかなり寒く感じるからね。すぅ……」

「ん……リンデ、ひょっとしてちょっと寒くなってきた? ごめんね、私こっちが秋だっていうのすっかり忘れていて、割と薄い生地で出来たお洋服を作っちゃったものだから……」

「そ、そんな、謝らないで? 私なら全然大丈夫だし、ここのところはずっと季節外れの陽気が続いていたものだから、本当にちょうどいいくらいだったの。それよりほら、そこの長椅子に腰掛けて少し休んでいこうよ。ね?」


 しかし、私たちが長椅子に腰掛けてしばらく二人で他愛ない会話を交わしていると、突然空の方から重々しい音が響き渡った。


 私が空を見上げると、少し前からやや曇り気味になっていた空の色がいつしかその濃さを増していて、雨雲と思しき鈍色にびいろの影が、西の空からこちらへと向かって刻々と迫ってきているように感じられた。


 一方、私と同様に空を仰いでいたリンデもその天候の悪化をすぐに感じ取った様子で、この空の色と同じように憂いを帯びた表情を浮かべていた。


「あれ? 何だか空の色が一気に怪しくなってきているわ。空詠士メテオプロフェットの読みが外れたのかしら……今日も日暮れ頃までは晴れが続くって聞いていたのに」

「秋の天気は変わりやすいってよく言うからね……けど、困ったなぁ。傘なんて持ってきていなかったから、もし急に雨が降ってきたら――」


 ぽつり。ぽつり。ぽつぽつぽつり。

 私が言い終わるよりもずっと早く、この肌を叩いた水滴は一つ、二つ、三つと時を移さずに増えていき、その足跡が点から面へと変わるまでにはそれほどの時間を要しなかった。そしてそれは紛れもない雨の訪れ、そのものだった。


「わっ……ふ、降ってきた? こんな近くに屋根が全く無い場所で一気に降り出してくるなんて、正直言って反則だよ!」

「と、とにかく二人ですぐに雨宿り出来そうな場所を探そうよ! ちょっと勢いが強い感じだから、ただのひさしだと雨だれで濡れちゃいそうだし、どこか身体をすっぽりと覆い隠せるような場所は……」


 リンデと共に来た道を引き返しつつ、周囲を注意深く見回していると、近くの土手に隧道ずいどうと思しきものがその口を開けているのが目に留まり、私はリンデの手を引きながら少し走って、その中へと逃げ込んだ。


「ふぅ……ここなら雨をしのげるね」


 隧道の中は、煉瓦がねじれた螺旋状に積まれている珍しい構造になっていて、向こう側がすぐに見えるほど短い造りになっていたものの、今二人で雨宿りをするには絶好の場所だと感じた。


「けどこんなところに隧道があっただなんて、全然知らなかったよ。しかもこの中に積まれている煉瓦、大きく渦巻いているように見えるね。確か、ねじりまんぽって言うんだったかな、こういうの」

「へぇ、そうなんだ? やっぱり物知りなんだね、リンデは」

「ううん、これはたまたま知っていただ……はっ、くちゅん! ふわぁ……それにしてもここに来るまでに結構濡れちゃったね。全く、こんな急に強い雨が降ってくるだなんて聞いてないよ……」


 私とリンデは雨が降り出してから割とすぐにここまでやって来たものの、既にお互いの下着が薄らと透けてみえるほど濡れてしまっていた。実際今も外気が触れる度にかなりひんやりと感じられ、体温が段々と奪われているように感じられた。

 そこで私は、すっかり濡れてしまった服の裾をぎゅっと絞りながら水気を切っているリンデの傍らに歩み寄り、彼女の華奢な身体を背中側からそっと抱き締めた。


「リンデ、ほら……」

「わっ、レイちゃん……?」

「お互いに濡れているから最初はちょっと不快に感じるかもしれないけれど、こうしてぴったりと身を寄せ合っていれば、少しは温かいでしょ?」

「……うん。レイちゃんの温度が伝わってくるみたいで……とっても温かいよ。でもごめんね、レイちゃん。私、実は博物館を出た時に空がちょっとおかしいなって感じていたんだけど、すぐには降って来ないだろうって高をくくってしまって……結局、こんな雨に遭わせちゃった」

「ううん。そんなの自然の気まぐれだし、リンデのせいじゃないから。それに私は、あの泉の青が一番綺麗に映える瞬間を見せてくれて嬉しかったよ」

「……ありがとう。でも、レイちゃんは本当に優しいよね。ふふ……私、その優しさに、ついどこまでも甘えたくなっちゃいそうだよ……」

「いいんじゃない、かな……甘え、ても」

「えっ?」

「独りだったら耐えきれずに潰れちゃいそうになることって、きっとこれからもたくさんあるはずだし……その重さを分かち合えるのって、想い合う者同士でしか出来ないことだと思うの。だからリンデは独りきりで色々と頑張り過ぎずに、もう少しくらい、図々しくなってもいいと思うんだ」


 それはリンデとの手紙を交わしている最中にも感じていたことで、彼女はこれまでにもよく一人で色々な物事を抱え込んでしまい、体調を崩してしまうことが度々あった。かなりの人見知りでいて、心優しい彼女はきっと今まで、辛い時でも誰かに上手く相談することが出来ずに、独りきりで何とかしようとしてきたに違いない。


「レイちゃん……ありがとう。ならその、早速の我儘わがままっていうか……えっと、もうちょっとだけ強く、ぎゅってしてもらってもいい、かな?」

「う、うん……えっと、こんな感じ……かな? 苦しく、ない?」

「ううん、全然……ふんわりしたお布団に包まれてるみたいで温かいし、それに何だかすっごく安心するよ。……ね、レイちゃん。このあとお屋敷に帰ったら、私と一緒に……お風呂に入って温まるっていうのはどう、かな?」

「え……リンデと、一緒に?」

「……や、やっぱりちょっと恥ずかしいよね? お互いにもう大人だし……温泉に入るわけじゃないから、何て言うかその、距離感みたいなのが微妙に違って――」

「私なら別に大丈夫……だよ、リンデ。あとでお風呂、一緒に入ろう」

「レイちゃん……うん!」


 そうして、私とリンデが二人して身体を寄せ合いながらお互いにしばらく暖め合っていると、激しかった雨勢は次第に衰えを見せ始め、やがてその雨音は、隧道の入り口上部から落ちた雫が、ぽたりと微かな余韻を伝える程度のものになり、辺りには雨の足跡ペトリコールが仄かにかおり始めていた。


「通り雨、だったのかな。もうすっかり上がっちゃったみたい」

「うん。空も雲が薄れて随分明るくなったし、これならまたすぐに降ってくるってことはなさそうだね」

「それじゃあ、身体がすっかり冷え切っちゃう前に、このままお屋敷まで戻ろうか。途中でもう一度だけ学院に立ち寄って、何か拭くものだけもらっていこうよ」

「ん、分かった」

「よぉし。それじゃ、行こ! レイちゃん」


 再びリンデと手を繋いだ私は、彼女と二人で並んで来た道をもう一度歩き始めた。お互い、雨でびしょ濡れになってしまった服を纏いながらも、その歩調はとても軽く、また何処か弾んだ調子で。そんな私たち二人の間には、まるで七色に煌く虹が架けられているようにさえ感じられた。

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