第三小節 幻廊書庫


「……ところで、レイちゃんは今、好きな人とかって居るの?」


 私がもし一人きりでこの列車に乗っていたなら、線路の継ぎ目から伝わってくる、この子守唄のように心地よい響きに身を委ねながら、後ろへ流れては消えていく見慣れない街並みを眺めている間に、いつしか睡魔の囁きに誘われて、思わず微睡まどろんでしまっていたに違いない。

 そしてそんな雰囲気の中、通路側に座っていたリンデから唐突に発せられた予想外の質問に私はどう答えていいものか分からず、すぐには言葉が出て来なかった。


「え……ええっ? と、突然どうしたの? リンデ」

「ううん、ただの好奇心だよ。私、学院はもう卒業しちゃったけれど、学生の頃、周りの子たちは暇さえあればそういう話ばかりしていたから。それに今もお仕事の関係上、学生の子たちが同じような話をしているのをよく耳にするんだ」

「そうなんだ。うぅん……私、そんなこと最近までほとんど考えたことがなかったかな。別に興味がなかったってわけじゃないんだけど……」

「あ……そっか。レイちゃん、つい最近まで自分のお店のこととかで色々あって、きっとそれどころじゃなかったよね。仕立て屋さんって特に忙しそうだし」

「うん。でも、ごく最近、気になる人は出来た……かな」

「そう、なの? ね、それってどんな人なの?」

「うんと、その人は……出身だとか生まれだとか、偏見の目をもたないで、ありのままの私を見て、私が色々と悩んでいる時に励みになる言葉をたくさんくれた、そんな人……かな。あまり、上手くは言えないけど」


 私が私という存在を意識した時、人間と妖魔の狭間で移ろうそのおぼろげな姿を前に卑下ひげして、普通の人たちが手にするような幸せを得ることは難しいのかなと、よく悪い方向に考えてしまっていた。

 そんな時、その人がくれた何気ない言葉の数々にこれまで何度助けられたことか、両手だけでは全く以て数え切れない。

 

「わぁ、素敵な人なんだね。レイちゃん、その人とは今、どういう仲なの?」

「今はまだ、ただの仲が良いお友だち、だと思う」

「そっかぁ。けどその人はレイちゃんが悩んでる時に色々と助言をくれて、きっと半妖っていうことも知った上で、優しく接してくれていたわけでしょう? それって向こうにも気があるっていうか、絶対脈ありってことだよ。それでなくてもレイちゃん、とっても魅力的な女の子なんだから。同性の私から見ても、そう思うもの」

「み、魅力的だなんて、そんな……私なんか」

「もしレイちゃんがその人のことを好きなんだっていう自分の気持ちに気付いたら、向こうから来るのを待つんじゃなくって、何処かで覚悟を決めて、自分から一歩踏み出して想いを伝えないと……いつか他の誰かに取られちゃうかもしれないよ?」

「え……?」

「なぁんて……よくそんな風に他の子たちが悩んでいる子に向かってそう言っていたから、思わずその受け売りをしちゃった。ふふ、お節介すぎるよね。けど、頃合いって大事だと思う。私も人にそう言えるほど、勇気がある人間じゃないけどね……」


 私にとって、その気になる人への想いは、まだ自分の言葉では上手く言い表せない。そしていつかそれがただの好きではない好きだと気付いた時に、相手にその想いを伝えたら一体何が起こるのかを考えると、リゼがその想いの丈をメルに伝えるまでにとても長い時間を要した理由わけが、とてもよく解るような気がした。

 そしてそれは、相手が自分と同じ女性だとしたら尚更のこと、だった。


 それからしばらくして、キルヒェンシュヴァイクの駅で降りた私たちは、駅から十数分ほど少し上り坂になっている並木道を歩いて、かつてあのメルたちも通っていた魔術女学院、ローゼン・アルカディアンへと辿り着いた。


 校門に居る守衛に話しかけたリンデが何かの手続きを軽く済ませると、私は客人として敷地の中に入るために必要な、首にかけて提示出来る入校許可証を手渡され、そのままリンデの後に続くかたちで学院の校舎がある方へと進んでいった。


 校門から奥にそのまま進んだ先の広場には、色取り取りの花々が咲き乱れる壮麗な庭園が広がっていて、シャルの住む屋敷にあるお庭と同様に、花殻や雑草の類はその一つ一つが丁寧に取り除かれているようで、実にこまやかな手入れがなされている様子が見受けられた。

 

 また広場の中央には一際大きな噴水があり、その周辺には葡萄棚ぶどうだなのようにつる性の植物を利用した日陰棚パーゴラが幾つも連なって見事な緑廊を形作っていて、さらにその下には人が休憩出来る空間が一定間隔ごとに設けられており、其処で会話に興じる女生徒たちの姿もあった。


「お庭、とっても綺麗だね。あの日陰棚の辺りも涼しげな感じで良さそう」

「あぁ、お庭の手入れは在校生のお仕事だからね。風の魔現を使って掃き掃除をしたり、魔導を使って植物の拡がり方を少し操ったりもしているの。肥料や栄養剤、草花につく虫除けの薬もちゃんと自分たちで調合したものを使っているんだよ」

「へぇ、こんなところでも学院で習ったことがちゃんと活かされているんだね」

「うん。それでもうすぐしたらアイビーのつたに手伝ってもらってこの校舎を覆うんだ。そうしたら変温器テルモスに頼らずとも、夏が幾分か過ごしやすくなるからね。じゃ、そろそろ幻廊書庫があるところまで案内するよ」


 そうしてリンデに導かれるまま、私は校舎の東棟にあたる建物の三階へと進んだ。其処は以前私が訪れた際には随所に破損箇所が見受けられ、外部から侵入してきたと思われる飛行型の妖獣などから被害を受けたことが明らかだったものの、今では見違えるほど綺麗に修復されていて、その傷跡は何処にも残っていなかった。


「はい、到着。ここが話していた幻廊書庫だよ、レイちゃん」

「わぁ……本がいっぱいある……」


 リンデに通された幻廊書庫と呼ばれる場所には、見渡す限りに本とそれを収める書架が数えきれないほど多く犇めき合っていた。しかし奇妙なことに、書庫内には校舎の外観からは想像がつかないほど広大な空間が広がっていて、それこそ、フィルモワールにある王立図書館に近いほどの蔵書数があるように感じられた。


「でもこれ……一体どうなっているの? だってここって今歩いてきた校舎の中にあるはず、だよね?」

「ふふ、不思議でしょう? 何を隠そうここは大昔の術者たちが空間を少し弄って作り上げた書庫らしくってね。ちょっと信じられないことかもしれないけど、私たちが今来た扉一枚を隔てて、別空間が広がっているの」

「それは、あまりにもすごいっていうか……でも、どうしてここまでして?」

「うんと、それはね――」


 リンデ曰く、まだ魔術アルカナが大衆から妖魔の使う奇術だと深く信じられていた大昔に、時の国王が民衆の声を取り入れるかたちで、魔術の研究や実験を一斉に禁じるような王令を発布したことがあったそうで、当然のことながらその真髄を学んで紐解くための魔術書グリモアも禁書としてその多くが焼かれる事態になった。

 そしてその時に当時の偉大な術者たちが、古代より連綿と継がれてきた魔術の秘奥を護るために、それらを人目から隠すための場所――幻廊書庫を築いたのだという。


「なるほど。このロイゲンベルクにもそんな時代があったんだね」

「うん。もうずっと昔のことだけどね。その後にも魔術を戦争に利用したりだとか、私欲のために悪用しようとする人たちが多く現れたから、古の賢人たちは世の理に干渉出来るような、大きな力をもった魔術を広くは伝わらないようなかたちにしてしまったみたいなの。それが神理アルケーっていわれているもので、この空間を作り出している張本人なんだけど、そのほとんどがまだ解明されていないんだ」

「……あれ、書庫長? 今は休暇を取られている最中だったのでは?」

「あぁ、クララ。うん、確かに今日は非番なんだけれど、実はね、今ちょうどフィルモワールから来ている私の友達に、この書庫を見せてあげたくって来たんだ」

「お、お邪魔しています……」

「そういうことでしたか。書庫長のご友人ということなら何も問題はありませんよ。どうぞ、当書庫を心行くまで見学していってくださいね」


 幻廊書庫にはそこそこ多くの学生たちが、書庫内の蔵書を利用して何らかの調べものをしている様子で、その光景だけを切り取ってみれば、よくある一般的な図書館におけるそれと、何ら変わりがないように感じられた。


「ここには魔術に関する書物はもちろんのこと、生物や機巧学、それから天象学に関するものなど、実に多岐に渡る蔵書が収められているわ。学生たちはここで魔術や博物学を始めとして多くを学んで、そこから自らが進みたい道を見い出し、そしてそれを究めんと日々研鑽を続けているわ」

「へぇ……それじゃあ、お裁縫や昔の服飾に関する本もあるのかな?」

「もちろんあるはずだよ。ちょっと待っていてね……蜘蛛の巣渡りゲシュピンスト・ナハシュラーゲン


 両手を正面に突き出した格好で目を閉じたリンデは、間もなくその全身が蒼白い光に包まれて、その髪は俄かに宙を揺曳ようえいし始めた。


「ん……分かった。こっちだよ、レイちゃん」

「えっ? う、うん」


 リンデは今の僅かな間に目当ての本がある位置を特定したのか、一切の迷いのない様子で奥へと進んでいき、間もなく私が言ったような服飾関係の蔵書がある書架へと私を案内した。


「すごい……本当に私が見たいと思っていた通りのことが書いてある……ねぇ、リンデ。今のは一体どうやったの?」

「今のは探索術ディテクションっていってね。こう、自分を中心に一定の領域内に、魔素で紡いだ見えない糸のようなものが拡がって、自分の中にある心象と一致する存在のものを見つけ出す術なんだ。私、魔現や身体強化の魔導とかにはあまり適性が無くって。けど、こういう何かを探知したり分析したりする術は何故か昔から得意だったの。まぁそういう特技があるから、ここに置いてもらってるんだけどね」

「そうだったんだ。ものを探し出すための魔術もあるんだね」

「うん。あ、興味のある本があったなら遠慮なく言ってね。普通はここの学生にしか貸し出しを許可していないんだけれど、私の裁量の範囲で融通が利くから」

「ありがとう、リンデ。それじゃあちょっと見て――」

「書庫長! た、大変です!」


 私がリンデに探してもらった服飾関係の本を色々見てみようと近くの椅子に座ろうとした矢先、先ほど書庫の入り口で受け付けを担当していたクララが、血相を変えてこちらに飛び込んで来た。


「あれ、そんなに慌ててどうしたのクララ? 何か、あったの?」

「それが、第五分室の方で……とにかく今すぐ来てください!」

「分かったわ。レイちゃん、悪いけど少しここで待っていてくれる?」

「わ、私も行くよ。何か役に立てることがあるかもしれないし……」

「ほんと……? ありがとう、レイちゃん。それじゃあ一緒に行こう!」


 私がリンデたちの後に続いて書庫の奥にある第五分室という部屋の前に移動し、半開き状態だった奇妙な紋様が多く刻まれた分厚い扉を通り過ぎると、その先で青緑色に揺らめく炎を纏う巨鳥のような存在が室内の中頃で屹然きつぜんと羽ばたきながら浮揚していて、それを両手から光を放つ幾人もの生徒が扇状に取り囲んでいるという光景が目に飛び込んで来た。

 さらによく見ると、彼らの足元に床に倒れ込んだまま全く動かない生徒たちの姿も確認出来る。


「あれは、間違いなく聖隷獣フォルゲンガイストだわ……まさか、誰かが私たちの許可も得ずに封印書シギルムを勝手に持ち出そうとしたの? ここには第三種指定のものだってあるのよ!」

「わ、判りません! ですがこのままでは……」

「とにかく、今すぐあれを再封印するわ! まずどの隷書から解放されたのかを私が可能な限り早く割り出すから、クララ、あなたはそれまで彼女たちの支援をお願い。これ以上の被害だけは出さないよう、あと少しだけ結界を維持して!」

「了解しました!」


 すると部屋の中に飛び込んでいったリンデは、おそらく先ほどと同様の術を使用し、その聖隷獣なるものが封じられていた魔術書の位置を特定したのか、そのまま獣の脇を素早く通り抜けて、その本が落ちているところへと滑り込んだ。

 そしてその本を掴んでいた彼女の右手が正面へと差し出されるや否や、本は宙へと浮かび始め、リンデの身体から閃々とした蒼白い光輝が周囲へと拡がり始めた。


「崇高にして神韻縹渺しんいんひょうびょうたる、我らが父の子よ、かしこくもその瞋恚しんいを鎮め、在るべき仙郷の九皐きゅうこうへと還りたまえ……!」


 リンデがそう言うと同時に、聖隷獣の方へと向けられていた彼女の右手に浮かぶ本が、より一層灼然とした烈しい閃光を放ち始め、やがてその光耀が束のように連なって獣の方へ一斉に流れていくと共に、その巨大な身体を包み込んでいった。


「開け……聖韻の籠櫃ハイリゲン・ジィーベル!」


 すると、件の光に包み込まれた聖隷獣がリンデの右手の上で浮揚する本の中へと吸い込まれてゆき、ややあってその輝きがほとんど見えなくなった次の瞬間、それまで長く開かれていたその本が急にぱたりと音を立てて独りでに閉じ、そのまま風に乗った鳥の羽根の如く、リンデの右の掌にふわりと舞い降りた。


「や……やったわ。何とか、再封印出来たみたい……」


 降って湧いた緊急事態を何とか収拾出来たことでリンデは全身の力が抜けたのか、その場にぺたりと座り込み、何人かの生徒たちが彼女のもとに駆け寄る一方で、さっきから床に倒れ込んだまま動かない、負傷者らしき子たちの状態を確認する生徒の姿もあった。そして私はその中でも際立って重い怪我を負ったと思われる生徒のところへと自然に歩み寄っていた。


「その……大丈夫、ですか?」

「大体の子は軽傷で、意識を失っているのは聖隷獣の動きを抑えるために魔素を使い果たした反動だと思われますが……こっちの子はその聖隷獣に大きく吹き飛ばされた際に書架の角に右腕を強くぶつけちゃったみたいで、ひょっとしたら骨が折れているのかもしれません」

「骨が……? ちょっと、私に怪我したところを見せてもらえますか?」

「い、痛い……! う、うぅ……!」

「この痛がり方、確かに尋常じゃない……変に曲がっているわけじゃないけど、物凄く腫れているし、本当に折れているのかも……なら!」


 私は苦痛に顔を歪めているその生徒の様子を見て、何もせずただ黙って見てはいられないと感じ、自分が生まれながらにして授かった治癒の力を使うことにした。


「んんっ……」

「この光……もしかしてこれは、治癒術レストア?」

「嘘みたい……痛みが、どんどん引いていく……!」


 私はメルやシャルに魔導コンダクトを基礎から教わったおかげで、以前にも増して治癒の力が向上し、自身が術で消耗する魔素も少なく抑えることが出来るようになった。その甲斐もあり、少数人であれば骨折などの大きな怪我でも連続して治療が可能だった。


「はい。これできっと、動かしても大丈夫なはずですよ」

「すごい、もう全然痛くない……ありがとう、ありがとうございます……」

「礼には及びません。念のため、あとでお医者様にも診てもらってください」

「まさか療法士ヒーラー様が運よくこの場にいらっしゃったとは……もしよろしければあちらに居る生徒も診ていただけますか?」

「ええ、もちろんです」


 それから比較的大きな怪我をしていた何人かの生徒を治療し終えた私のところへ、クララたちに色々と指示をし終えた様子のリンデがやって来た。


「……レイちゃん、この子たちの怪我を治してくれて本当にありがとう。もしレイちゃんがこの場に居なかったらもっと大事になっていたよ。けど、その力に頼って一度にたくさん治療させることになっちゃって、何だかごめんね」

「ううん、私で力になれることがあって良かったよ。それに、このくらいの数ならまだ大丈夫だから。でもどうしてこんなことになったの?」

「あぁ、それはね……これからちょうどお昼時みたいだし、メンザでご飯を食べながらそっちでゆっくりお話しようと思っているんだけれど」

「めんざ……?」

「あぁ、こっちでは学生食堂のことを昔からそう言うの。あとのことはクララに任せてあるから、もうここは大丈夫。だからレイちゃん、行こ?」


 そうして私は院内にある学生食堂メンザまでリンデに案内してもらった。食堂の中は実に広々とした空間が広がっており、いわゆるテラス席も数多く設けられていて賑やかな装いを見せていた。なお料理は日替わりで中身が入れ替わるというビュッフェ形式になっていて、自分の好きなものを格安で楽しめるようになっていた。


「……それでね、今期から新しく図書委員になった子が間違えて封印書のある分室に入った挙句、その中にある一冊を不用意に扱ったことで、同書に施されていた封印が偶然にも解けちゃったみたいで。私が居ればこんなこと起こり得なかったんだけれど、色んな不注意と不運とが重なった結果って感じかな……はむ」

「そうだったんだ。でも私、本の中にあんなものが封じられているだなんて、正直に言ってかなり驚いたよ」

「だよね。その昔は召喚術士サモナーっていう士職があって、異空間に存在するああいった獣をある契約のもとに召喚して、その力を行使していた時代もあったんだって。それは今では失われて久しい術で、その再現のために分室から封印書が持ち出された記録もここ半世紀の中で何度かあったみたいだけれど……今は禁術を収めた禁書の扱いにばかりに注意が払われていて、まず持ち出される機会がなかった封印書の管理がどうも杜撰ずさんになっていたみたいで、これは早急に体制を見直す必要があると思ったよ」

「へぇ……あんなものを自在に呼び出せるなんて、ものすごい力」

「うん。ちなみに封印書には種別があって、さっきみたいな下位と思しき聖隷獣を封じたものが第四種で中位が第三種、それより上位となると第二種の扱いになって、さらに凄まじい力を持った幻獣クリプタスともなれば第一種、そして顕現すれば国の一つは軽く滅ぶとされた神獣フェルケルが特種と指定されているわ。もっとも、第二種以上のものは施された封印自体があまりに複雑過ぎて、その解除術式はほとんど解明されていないって話だけどね」

「あれで下位って……管理、絶対もっと厳重にすべきだと思うけど」

「本当、そうだよね。扱える人が誰もいないってことでその管理がずっとおざなりになっていたところがあると思う。これからは是正していかなくっちゃ……」


 私たちがそんなことを話し合いながら食事を続けていると、クララが再び私たちの前に姿を現して、リンデに手紙のようなものを手渡した。


「えっ、私宛てに手紙?」

「はい。先ほどお屋敷の方から回ってきたようです」

「確かに今朝、使用人の人たちには学院の方にしばらく立ち寄る予定だって伝えていたから、きっとそれでここまで回ってきたのね。……あら、イリーからだわ」

「イリーって、確かメルとも知り合いだったイングリートさんのこと、だよね?」

「うん。あの子今ね、ちょっとしたお仕事で北東にあるアルフォヴィアに行っていて、明後日には帰ってくるはずなんだけど……」


 それから手渡された手紙を読み進めたリンデは、途中から明らかに吃驚した様子で、その全てを読み終えるや否や深い溜息を吐きながら、憂いを帯びた表情で私に話しかけてきた。


「うぅん……これはちょっと、困ったことになったかも」

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