【ЯGW E】全ての始まり

牧野 麻也

第1話 全ての始まり

「はー……終わった……」


 やっと一人になり緊張の糸が切れた事で、田中たなか悠希ユウキは身体にドッと重力と疲れを感じてソファにボスリと埋まった。


 今日は悠希ユウキの祖母の告別式だった。


 悠希ユウキには祖母しか肉親がいなかった。

 親兄弟はおらず、物心ついた頃には祖母と無駄にでかい古い日本家屋で二人暮らしをしていた。

 不思議に思った事はあったが、寂しいと思った事はなかった。

 全ては祖母のお陰だ。


 悠希ユウキの祖母はそれはそれはアクティブでアグレッシブで、全身レザーで固めてハーレー転がすぐらいの破天荒人間だった。

 面白い事に貪欲で、例えるなら泳いでないと死ぬ鮫。

 マグロでは例えが弱い。

 ホオジロザメだ。


 その祖母が死ぬなんて、悠希ユウキには想像できなかった。

 殺したって死なないぐらいのパワフルさと豪快さだったからだ。

 まぁ、畳の上では死なないタイプだろうなぁとは思っていたが。


 まさか旅行先で事故に遭うなんて。


 祖母は友人も多くて、国籍不明の年齢不詳のどこで知り合ったんだか詳しく聞きたいような人達が、最期の別れを惜しんで葬式に足を運んで来てくれていた。

 近所の人たちも快く手伝ってくれた。

 改めて、祖母の行動力と求心力を実感した。


 悠希ユウキは喪服のまま、部屋で一人ダラリとだらしない姿を晒していた。


 ──またそんな格好をして!!


 居間の入り口から、今にも祖母のそういう叱り声が飛んで来そうだが……

 もう、祖母はいないのだ。


 途端に、家が途轍もなく広く感じた。


「そういえば……」

 天井にくっついたシーリングライトを見上げながら、悠希ユウキは今日告別式に来てくれた祖母の友人だという人の言葉を思い出す。


 祖母が借りていたものを返して欲しい、と。


 風呂に入るのも面倒くさいレベルだが、他人の頼みを無下にする訳にもいかず。

 重い腰を持ち上げて、一階の奥にある祖母の部屋へと足を運んだ。


 祖母の部屋は、普段入るなと厳命されていたので殆ど足を踏み入れた事はない。

 昔ながらの日本家屋然としているのに、祖母の部屋だけはリフォームしたらしく鍵付きの重厚な木製の扉が付いている。

 自分の部屋は畳と襖の和室なのに……。

 悠希ユウキは少しだけ憮然とするが、リフォームしたけりゃ自分で金出しなと言われたら閉口するしかない。


 重い足取りで家の一番奥──祖母の部屋の扉の前に立つと、遺品の中にあった鍵束を取り出す。

 しかし、どれが部屋の鍵なのか分からず、悠希ユウキは複数の鍵をジャラジャラとこねくり回した。


 ったく……なんでこんなゲームの中に出てきそうな鍵ばっかなんだよ……


 その時ふと、悠希ユウキは一つの鍵に視線を止めた。

 鍵にはヘッドの部分にルビーのような真っ赤な宝石と、その下に『ЯGW』の文字が。


 何の鍵だろうか?


 悠希ユウキは不思議に思いながら、思わず宝石部分にそっと指を乗せた。



 ***



 ──それが、全ての始まりだったなんて、凡人として過ごしてきた田中たなか悠希ユウキは思いも寄らなかった。

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