死神と時計の針
名有り
死神と時計の針
とある夏の昼下がり。照りつける日差しに暑さを感じながら、公園のベンチに座っていた。
小さな会社で営業をやっている僕は、休憩をする際にこの公園をよく利用している。理由は単純で、この公園には殆ど人が訪れないからだ。
一時間ある休憩の中、特に何かをするわけでもなく、ただボーっと過ごすのが好きな僕にとって、ここはお気に入りの場所だった。
今日も例に漏れず、公園には自分以外に人はいない。
仕事の疲れを癒しながら物思いに耽っていると、公園の中央にある大きな柱時計に目が留まった。
示されている時刻は十二時五十五分。公園に着いたのはちょうど十二時だったので、休憩時間はあと五分ということになる。
どうやら、思いの外ぼんやりしていたようだ。
そろそろ気持ちを仕事に切り替えようと、目を閉じて午後の業務内容を思い出そうとする。
「ねぇ、そこのお兄さん」
すぐ近くで、女の子の声が聞こえた。
さっきまで公園には誰もいなかったような、という疑問が頭に浮かんだ。
しかし、女の子は僕に声をかけているみたいなので、目を開けて声がした方を向く。
声の主はすぐ右隣にいた。ベンチに腰をかけた状態で。
背格好から見て、年齢は十二歳くらいだろうか。
長く、真っ直ぐ伸ばした艶のある黒髪に、黒のワンピースという夏の日差しに対して不適切な格好をしている。
それとは対照的に、ワンピースから伸びる手足は透き通るような白い肌で包まれていた。
他に身に付けているものは無く、黒と白の二色だけで彩られた姿は、どこか現実離れした印象を受ける。
それを助長する様に、少女の顔立ちは有名な絵画を切り取ったのかと思うほど、端正に整っていた。一つの芸術品と見紛うほどの美しさは、年齢とは不釣り合いな大人びた雰囲気を醸し出している。
そんな少女が優しい笑みを浮かべながら、こちらを見つめていた。
「えっと、僕に用かな?」
変質者だと勘違いされないよう、動揺を隠しながら、なるべく柔らかな声色で話しかける。
「お兄さんに質問したいことがあるの」
「質問?」
少女の発言に首を傾げる。
公園で一人佇む男性に、何か聞きたいことがあるのだろうか。
「えぇ、そうよ。ちなみに答えないという選択肢は無しよ。答えなかったら、お兄さんに酷いことするんだから」
そう言って、少女は悪戯な笑みを見せる。その仕草は年相応の少女のように映った。
「……分かったよ。僕に答えられるものだといいけど」
どんな質問が来るか分からないが、少女を無下に扱うのは気が引けたので、了承することにした。
「ありがとう、お兄さん。それじゃあ質問するわね」
そこで少女は一拍を置き、こちらを試すような視線を投げかける。
「あなたの前に死神が現れました」
少女の口から『死神』という物騒な単語が聞こえ、困惑する。
「死神は告げます。あなたの寿命はあの時計の針が一周するまでです」
少女が指を指す。その先には公園の柱時計があった。
「あなたは残された時間をどのように過ごしますか?」
そこで少女の話は終わった。
だが、質問の内容が非現実的すぎて、意図が全く分からなかった。
「……これは、心理テストみたいなもの?」
一番可能性が高いのはこれだろうと予想し、少女に質問を返す。
もしかしたら、最近の小学校で流行っているものなのかもしれない。
「さぁ? そこはお兄さんの想像に任せるわ」
しかし、少女にはぐらかされてしまった。
どう答えようか悩んでいると、ある事に気が付いた。
「この質問に対する答えって、三通りある?」
短針と長針と秒針。時計には三本の針が存在する。
だが、さっきの話に針の指定はなかった。ということは、複数の回答が生まれるはずだ。
「正解よ。お兄さん」
少女が嬉しそうに笑う。
「半分くらいの人は、それに気付かないで一つしか答えないの」
半分くらいと少女は言った。つまり、色々な人に同じ質問をしているということになる。
やはり、学校で流行っている心理テスト的なもので、友達同士で遊んでいたのかもしれない。
「言い忘れていたのだけど、答えが一つしかなかったり、答えが全てつまらなかった場合はその場で殺されるわ。死神はつまらない人間が嫌いなの」
重要過ぎる設定が後出しで発表された。『殺される』というのは何かの罰ゲームを受けることなのだろうか。
近頃の小学生は物騒だなと思っていると、また一つの疑問が生まれた。
「三つの答えの中で、死神が面白いと感じるものが複数あったらどうなるのかな?」
「短針に対する答えが一番面白いと感じた場合は、その人の寿命は二十四時間に決まるわ」
少しでも長生きしたいなら、短針の答えに全力を注げということらしい。
「それで、お兄さんはどう答えるのかしら」
少女の問いかけに対し、少しの間悩む。
恐らく、多くの人は長生きできる短針の答えに注力するだろう。
しかし、これは遊びだ。それでは面白くないと思い、あえて秒針に対する答えに全力を注ぐことに決めた。
「それじゃあ、まずは短針から答えるよ」
「えぇ、是非聞かせて」
少女は答えを期待するように、僕の顔を覗き込む。
その行為に対し、また心臓が跳ねてしまったが、冷静を装って言葉を紡ぐ。
「二十四時間の寿命なら、僕の全財産を使って遊び倒すかな。美味しいものを食べて、お酒をいっぱい飲んで、欲しい物を全部買って、最後の時まで笑って過ごす。あんまりお金を持ってないから、そんなに凄いことは出来ないだろうけど」
我ながらありきたりな回答だ。
案の定、少女はつまらなさそうな表情で頬を膨らませている。
「ふーん。じゃあ長針なら?」
「一時間しかないなら、お世話になった人に別れの挨拶をするよ。両親にお爺ちゃんにお婆ちゃん。あとは仲の良い友達とか。直接会いに行く時間はないだろうから、電話で軽く感謝を伝える形になるだろうね」
話の途中から興味が無くなったのか、少女はそっぽを向いて拗ねていた。
「……お兄さん、つまんない。このままじゃ死神に殺されちゃうよ?」
少女が静かに呟く。
少女の言う通り、つまらない回答しかしていない僕は、何かしらの罰ゲームを受ける事になってしまうのだろう。
しかし、最後の答えは少しだけ自信があった。
「一分間の寿命なら、僕は死神に『友達になりたい』って話しかけるよ」
僕がそう話すと、少女は驚いた様子でこちらを向いた。
「もしも友達になれたら、ジャンケンをしてみたいかな。他の遊びだと時間が足りないだろうし。それに、死神にジャンケンで勝ったらあの世で自慢出来るでしょ?」
そう言って、僕は少女に笑いかける。
少女は目を点にしながら、まじまじと僕の顔を見つめる。
その時間が数秒ほど続くと、堰を切ったように少女が笑い出した。
「あははははは! お兄さん、あなた最高よ!」
少女は笑いながら立ち上がり、僕の正面に移動する。
「お兄さんの答え、気に入ったわ! だから、友達になってあげる!」
そう言いながら、少女は右手を差し出す。
だけど僕は、その手を見つめることしか出来なかった。
何故、少女がこんなに嬉しそうなのか。
何故、友だちになろうと言い出したのか。
突然のことで、理解が追い付かなかったのだ。
「……君は何を言っているんだい?」
僕の問いに対し、少女は満面の笑み浮かべて答えた。
「お兄さんが言ったのよ? 『死神』と『友達になりたい』って」
再び、少女は笑う。
「さぁ、遊びましょう! ゆっくりしている時間は無いわ!」
少女の楽しそうな声が、頭の中で響く。
そのとき、公園の柱時計が目に入った。
時刻はちょうど一時〇〇分になったところだった。
それを見た瞬間、僕は何故か理解してしまった。
僕に残された時間はあとーー
死神と時計の針 名有り @siosaba1224
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます