第19話 雪原を赤く染める夕陽


 天幕の群れから離れて、雪原にダイブする。泣きはらした顔が冷えて心地いい。


(あんなに泣いたの久しぶりだ……。ちょっと恥ずかしいけどすっきりした)


 くすくす笑っていると、頭の方からさくさくと足音。そして隣にどすっと誰かが腰を下ろした。

 首をひねって見上げるとアクセルだった。


「よかったな、涼太」


 主語も何もない言葉だったが、俺には伝わった。


「おう。これで安心して帰れる」


 俺は身体を起こして、雪の上に座りなおした。アクセルと同じ方向を向く。雪原の彼方に夕陽が沈んでいくところだった。


「帰るのか? てっきり王様が引き留めたって思ったけど」

「引き留められたよ。でも俺の世界は向こうだ。親父にもすぐ帰るって言っちゃったし」


 そう言って伸びをする。この世界に居たのはたった三日だけど、毎日が驚くほど濃かった。愛着も湧くし、皆と別れるのは寂しい。


「そっか……まぁそうだよな」

 アクセルがため息を吐く。俺は笑った。


「んな顔するなよ、また来るからさ」

「え?」


 アクセルが俺の顔を見た。ばちっと視線が合う。


「俺さ、母ちゃんの国をもっともっと知りたいって思った。王様にも母ちゃんのことをもっと聞きたいし、スヴァリアのお土産を母ちゃんの墓前に供えたいし。親父にも母ちゃんの国のことを教えてあげたいなってさ」


 だから、また来るよ。と、俺は言った。思いがけない言葉だったのか、アクセルは目を見開いて、照れ笑いした。


「……おう、待ってる」

『もちろん、俺も連れて行ってくれるんだよな、涼坊!』


 後ろに張り付いていた鶴が威勢よく言う。


「当然だろ。お前は俺の相棒なんだからさ。そうだ、異世界のあちこちで銭湯開きながら旅をするか。この世界なら需要がありそうだし」

『! マジか。腕が鳴るな』


 鶴が興奮し、アクセルは頷いた。


「そりゃあいい、国中の煙突掃除人たちが飛びつくぞ。あんな綺麗な風呂は無いからなぁ。俺達も冷やかしがてら行ってやるよ」

「おう、お前達ならいつでも歓迎するよ。約束する」


 うん、と頷いて、アクセルは優しい顔で笑った。初めて見る顔だった。


「……ありがとな、涼太。お前がいてくれてよかった」


 そう言って右手を差し出される。握手だ。

 異世界の挨拶として三日前にスヴェンと交わしたけど、アクセルは覚えていてくれたらしい。


「ああ、こちらこそありがとう。アクセル」


 俺も強く握り返した。アクセルに俺の抱く感謝の気持ちの、ありったけを込めて。


(……母ちゃん、俺、生まれてきてよかったよ。アクセルたちに出会えて本当に良かった)

 悔恨も自責の念も、この世界がすべて溶かしてくれた。



 雪原を赤く染める夕陽を前に――俺は初めて世界が美しいと思えた。

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異世界【銭湯】ファンタジー『銭湯と煙突の騎士』 北斗 @usaban

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