魅瑠の罠
放課後になり、人気が少なくなってから社会科準備室を出て、咲夜は軽音部部室に向かった。
人気が少なくなったからといって、人がいないというわけではない。人がいるところは避けながら玄関に向かう。
玄関を出てからの軽音部部室に向かう道は人気が全くない。錦は侘しいとは言っていたが、咲夜にとっては落ち着く道だ。
いつもなら足取り軽く向かっているところだが、今日は一歩一歩が重い気がする。理由は分かっていた。
(これ、どうしよう)
背負っているリュックに意識を向けながら、咲夜は盛大に溜め息をついた。
このリュックの中には、歌詞を書いたルーズリーフが入っている。魅瑠から、これを錦たちに見せて客観的な意見を聞いたらどうか、と言われたがどうしたものか。
これはポエムみたいではなく、ポエムだなと改めて思い始めてしまったものだから、見せる気がだんだん失せてきた。
(というかこの歌詞、錦の歌声に合わないよな……)
それが一番の問題だ。そのことに思い至って、立ち止まる。
錦は歌唱力がすごくある。咲夜よりも上手いし、表現力もある。ただ歌声は、とても透き通っているのだ。
だからこのドロドロとした歌詞と歌声がミスマッチで、仮の歌詞とはいえダメ出しされそうで怖い。
(やっぱりやめよう……)
そう決めると足が軽くなってきた。息を吐き捨てて、速度を上げようとしたときだった。
「丹羽ー!」
後ろから聞き慣れた声に呼ばれ振り返ると、錦が駆け足でこちらに向かってきているのが見えた。
「錦、今日は遅かったんだな」
「先生に捕まってさー。あ、夢野の以外の奴らも今日は遅くなるって」
「あの二人、最近遅いときが多いよな」
最初のほうは咲夜よりも早く来ていたが、最近はなんだかんだと遅く来ることが多い。
「用事とかも重なっていたりとかするけど、なんか中学のときの部活関連で、部活の勧誘がすごいんだとよ。それから逃げている」
「勧誘されるほどすごかったってことだよな? それなのにどうして軽音部に入ったんだ?」
二人が中学の頃は何の部活に入っていたか知らないが、噂が流れるくらいには活躍したのだろう。
錦が若干遠い目をした。
「訊いたらカタコトで、モウツカレタ、ジョレツキビシスギ、イヤダって返ってきたから、なんかもうそれ以上突っ込めなかった」
「そ、そうか」
その時の二人を真似たのか、少し抑揚のない声色になっている。咲夜もそう返すしかなかった。
その言葉だけで、中学時代は部活で序列関係と部活内容で疲弊してきたことが分かる。軽音部は良い意味で緩くのんびりとしているので、二人は入部したのかもしれない。
「あ、そういえば」
先程とは打って変わって、錦は弾んだ声色をあげた。
「佐藤さんから聞いたけど、歌詞できたんだって?」
咲夜は一瞬何を言われたのか分からず、身体も表情も硬直してしまった。そんな咲夜に錦はキョトンとした顔を向ける。
一瞬佐藤とは誰のことか、と混乱したが、間を置いて魅瑠の名字だったことを思い出した。
「な、なんで魅瑠と」
錦と魅瑠と接点はないはずなのに、どうして連絡が取れているのか。
そこまで言ったのに、動揺のせいで続きの言葉が口から出てこない。
「丹羽が倒れたときに連絡先交換した」
「え、なんで」
「丹羽が倒れた場面に俺が出くわしたから、そのときの様子を聞かれて、で連絡先交換したって感じ?」
「なんで疑問形なんだよ」
「まあそれは置いといて」
置く動作をしたあと、
「それで作った歌詞は持ってきたのか?」
と目をキラキラさせて咲夜を見つめてくる錦に、だんだんと冷静になってきた。
そして、心の中で叫んだ。
(み、魅瑠うううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!)
決めるのはさっくんだから、と言っていたくせにどうして逃げ場を無くすようなことを! とか、そういえばやけに見せるよう推してきていたな、とか色々と込み上げてきたが、まとめると。
嵌 め ら れ た!
そう気付いた瞬間、魅瑠がてへっと舌を出す顔が浮かんで、イラッとした。
後で問い詰めてやる、と恨み節をきかせながら決意を固める。と、その前にまずこの場をやり過ごさないといけない。
「その、歌詞はまだ納得できていない出来じゃなくて」
「途中まででもいいから見てみたいぜ!」
「うっ」
咲夜は言葉に詰まった。
そんなゴールデンレトリバーみたいに期待を孕ませた視線を見つめられては、これ以上拒むことができない。
視線を何度も泳がせ、また錦に戻してはたじろいで。
それを繰り返したのち、咲夜は嘆息した。
「部室に着いたらな……」
答えると錦の顔が一層輝きだす。
「それじゃ早く行こうぜ!」
軽い足取りで駆け出した錦の背中に、盛大に溜め息をついてゆっくりとその後を追いかけた。
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