見せたらと言われても
思わず吹き出しそうになったのを堪えたら、麦茶が変なところに入って、激しく咳き込んだ。
なんとか麦茶を吹き出すのを阻止したが、その分激しく咳き込む。
「大丈夫~?」
焦ることなく落ち着いた声色で、席から立ち上がった魅瑠が咲夜の背中をぽんぽんと叩く。
落ち着いたところで魅瑠を見やる。
「飲んでいるときにそれ聞くなよ……」
「ごめ~ん」
悪びれる様子もなく謝る魅瑠を半目で見据えるが、魅瑠に効果はなかった。
「さっくん、先週よりかスッキリした顔付きになったから、腹決まったのかなって」
「まあスッキリしたほうだけど……」
そんなに分かりやすいだろうか、と少し複雑だ。
「ほうほう。魅瑠に話してごらん?」
と言いながら、自分の席に戻って聞く態勢に入った。
咲夜は小さく溜め息をついて、口を開く。
「どうなりたいかまだ分からないけど、その……分かるために久留島と話はしたほうがいいかなって」
魅瑠を一瞥すると、目をこれでもかというほど見開いていた。
「よくこの短時間でそこまで腹決めたねぇ」
驚嘆した口ぶりで小さく拍手してくる。
「正直、久留島くんと向き合えるのに何年もかかると思ったよ~。なになにぃ? なにか切っ掛けでもあったのぉ?」
「切っ掛けというか……」
切っ掛けといえば志津江からの電話だ。だが、内容を言うのは魅瑠相手でも憚れる。
少し視線を泳がせながら咲夜は言葉を選んでいった。
「夢野、あ、軽音部のベース担当の奴なんだけど、そいつと話していて夢野なりのベースと向き合い方の話になって……それで、色々と向き合い方も模索しているって言っていて、オレもオレに合った向き合い方を模索しようかなって思ったんだ」
「ほう。それで?」
「それで頼まれていたってこともあって、歌詞で向き合ってみたんだ。今思えば恥ずかしいけど」
口にしてみるとなんだかポエムを書いたみたいで、顔が熱くなった。
「頼まれたって、軽音部に?」
「そう。文化祭に向かって何曲か作ることになったんだけど、一曲だけオレが好きなように書いた歌詞からイメージして作曲しようってなって」
「その歌詞を勢いで書いた、と」
「たしかに勢いだったけど……まあ、それで色々とすっきりしたというか」
魅瑠が目を細めて、少し考え込んだあと、にこりと笑った。
「で、その歌詞はそのまま錦くんに出すの~?」
「一応持ってきたけど、恥ずかしいからやっぱりやめようかなって」
「確かにそういう経緯で書いた歌詞を歌われるの、恥ずかしいよねぇ。まあ、一応見せたら~?」
「鬼か!」
思わず吠えると魅瑠が、まあまあ、と咲夜を落ち着かせる。
「あっちにはそういう事情知らないしぃ。客観的な意見も大事なんじゃない?さっくんも客観的な意見聞きたいとか思っているんじゃない~? 魅瑠だとどうしてもさっくん寄りの意見しか言えないしぃ」
「そうだけど……」
どうしても自分の気持ちは主観的になるので、一旦客観的に見て貰って冷静になりたい気持ちはある。
だが事情を知らないとはいえ、ポエムみたいな歌詞を見て貰うのは恥ずかしい。
「改めて自分を見つめ直す機会って思えばぁ?」
「そんな軽く……」
「久留島くんと話すって腹決めたときと比べたら軽いでしょ~」
「それは……そうだけど」
確かにそのときの決意に比べたら、ハードルは低いかもしれない。だが、久留島の件とは異なり、これは羞恥心に勝つか負けるかの問題だ。
「自然と客観的意見が聞ける機会でもあるんじゃない~? ちょうど作詞依頼されててぇ、ちょうどよく自分の気持ちを書いた歌詞を書いてぇ、それを最初に見せる相手は今回のことを知らなくてぇ。こういう偶然、今しかないと思うけどなぁ」
「まあ確かに」
今後、このような偶然の組み合わせはないだろう。魅瑠の言うとおり、客観的な意見を聞きたいのなら今がいいのかもしれない。
「まあ、うん……検討するよ」
それでも羞恥心が勝るので曖昧に答えるが魅瑠が気にせず、
「まあ、色々と言ったけど決めるのはさっくんだよぉ」
と、言いながら自分の席に戻っていった。
「でさぁ。話は変わるけど、久留島くんとどうやって話すの?」
「いや、話すって決めたけどまだ心の準備が……」
「でもぉ、方法を今からでも考えない? もうすぐ夏休みだしぃ、いざ覚悟決めたのはいいけど夏休みまであと一日! になったらやばくない~?」
「あ」
魅瑠に言われてハッとした。
確かに夏休みに入るまで、あと一ヶ月もない。夏休みが過ぎてしまったら、せっかく出た勇気も萎れているかもしれない。
時の流れを忘れてしまっていて、そこまで頭が回っていなかった。
「まあ、久留島くんは朝はギリギリで来るしぃ、昼休みもどこにいるのか分からないしぃ、捕まえるんなら放課後だよねぇ」
「そうだな……でも、放課後もすぐ帰るしな……あ、手紙で呼び出すっていうのは?」
「ううん。それはある意味賭けかもしれないねぇ」
「やっぱり来ない可能性もあるよな」
手紙に待ち合わせ場所と時間を書いても、久留島が来ない可能性がある。面倒くさがって無視する姿が想像できた。
「それもあるけどぉ。前朝練で早く学校来たときにね、久留島くんの靴箱に手紙を入れようとした子を見かけてね~。こっそり見てたんだけど、その子の前に手紙を入れた子がいたらしくて、その手紙を回収したんだよねぇ」
それを聞いて、うわあ、と引いた。
自分の前に置いていた手紙を無断で回収したとは、恐ろしい。おそらくそれは捨てられたはずで。つまり前の手紙の主は、そうとも知らず手紙の返事を待ち続けていて、久留島もそのことも知らない。
「なんていうか……女って怖いな」
「怖いけどさぁ。皆がそういうわけじゃないから、ね?」
「魅瑠がそういうことをしないっていうのは分かっているけど……それって、下手したら久留島の株がすごく下がるよな?」
前の手紙の主が、手紙の返事をずっと待っているのに、と嘆き、その話が広がったら久留島に非難が集まる。久留島ファンなら擁護してくれるだろうが、それ以外の人は非難するだろう。
久留島のことだから、非難されても気にしないだろうが。
「好きな人が学校中の人から悪く言われるかもしれないっていうのに、そこまで頭が回らないのか?」
「そうかもしれないし、周りの中傷で傷付いているところに、私だけがあなたの味方よって言い寄るためかもしれないねぇ」
「こわっ」
「あくまで想像だけどねぇ。まあ、久留島くんに対してはあまり効果がなさそうだから、もしそうだったら損しているね~」
「いえてる」
久留島は周りを気にしないタイプ、というより特に興味を持たないタイプだ。周りから悪口を言われようが、どこ吹く風なのが目に浮かぶ。
はたしてそんな方法をして罪悪感を抱かないのだろうか。自分には理解できない方法だ。
「まあ単に、自分の手紙を目立たせようとしただけかもしれないけどねぇ。つまりね、手紙は他の人に捨てられる可能性があるから、直接会ったほうがいいと魅瑠は思うな~ってことぉ」
「直接か……難しいな。できれば確実な方法をとりたいけど」
「放課後すぐ帰るから、ホームルームが終わる前に行動したら捕まえられそうだねぇ」
「ということは、オレがホームルームが終わる前にどこかで待ち伏せするしかないのか……」
「となると、玄関が確実だろうねぇ」
「あ~確かに」
玄関へ行くルートは一つだけではないから、ルートの途中で待ち伏せしても捕まえられるか分からない。
魅瑠の言うとおり、待ち伏せするのなら玄関がいいだろう。
「じゃあ、その時になったら玄関で待ち伏せしてみようかな……あ、断られる可能性が高いか」
避けられていたことを思い出し、肩を落とす。
「有無を言わせないような説得するしかないねぇ」
「久留島に有無を言わせないって……そんな無茶な……」
久留島の弱みを握っているわけでもないのに、あの自分のペースを崩さない久留島に対して説得。
考えるだけで頭を抱えてしまう。
「オレ……アイツを説得できる自信がない……」
「あ~……それは大丈夫じゃない~?」
「なんでだよ」
今のところ勝算はないのは明らかなのに、どうして大丈夫だと言えるのか。
適当に言っているんじゃないか、と恨めしげに見やると、魅瑠は視線を泳がせながら、言葉を探しているように言い淀む。
「う~~~ん、あれだよぉ。女の勘ってやつ!」
「なんだよ、それ」
「とりあえずさ、あの時のことを真剣に話したいって伝えたら、とりあえず着いていくんじゃない~? こう、袖をくいっと引っ張りながらさぁ」
「あの時ってどの時?」
心当たりがありすぎてどれのことなのか、すぐに思いつかなかった。
「そりゃもちろん、小学生の時のやつだよぉ」
「それで釣れるか……?」
確かに全てはあの出来事が切っ掛けで、久留島が話しかけてきたのもあの出来事があったからだ。だが、自分ほど久留島は気にしていないと思うから、それで自分の話を聞く気になってくれるだろうか。
それに加えて袖でくいって。逆に冷たい視線を送ってくるような気がするが。
そんな考えが顔に出ていたのか、魅瑠は咲夜の顔を覗き込むと小さく吹き出した。
「少なくてもその時のことを、理由はどうあれ気にしていたっぽいしぃ。前にどうして構うか聞いたときは、記憶喪失だったから久留島くんも濁したんだろうけどぉ。
今は記憶が戻っているから、理由を改めて聞きたいとか理由を言ったら、さすがに無視はできないんじゃないかなぁ?」
「そうか……?」
それで着いてきてくれる久留島の姿が想像できなくて、咲夜は胡乱げに首を傾げる。
それはそうと、魅瑠の言動にやや引っかかりを覚えた。
「魅瑠、なんか言い方が妙に自信ありげな気がするけど……なんかあるのか?」
「え~? なにかってなぁに?」
「いや、それが分からないから訊いているんだけど」
具体的には分からないが、なんだかいつもと様子が違う気がする。
すると魅瑠は腕を組んで、咲夜から少し視線を逸らした。
「なんていうかぁ。こればっかりはほんっとうに、女の勘としか言いようがないんだよねぇ」
「女の勘って……わからないな」
「女の勘ってそういうもんだよぉ」
ケラケラと笑う魅瑠に内心溜め息をつく。
本人がそう言いようがないと言うのなら、それ以上訊くのも憚れた。
「そのときになって、なにかしてほしいことがあったら手伝うよぉ」
「ありがとう。そのときは暦の足止めを頼むかも」
「ラジャー!」
ビシッと敬礼する魅瑠がなんだか頼もしくて、咲夜は頬を緩ませた。
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