完成した歌詞
明るかった部屋が暗くなり、夜の帳が落ちた。
ふぅと息を吐き捨て、咲夜はペンをルーズリーフの横に置く。
(今、何時だ……?)
スマホの時計を見てみると、日曜日の午後7時半だった。
金曜日からほぼ起きているせいか頭が重いし、目も痛い。身体中が悲鳴を上げていて、今すぐにも横になりたいくらいだ。
その反面、ここ最近感じなかった充実感が心を満たしていた。
咲夜は消しカスを払いのけて、一枚のルーズリーフを持ち上げる。
「できた……」
感慨深さと達成感が入り交じって、感嘆の息を漏らす。
志津江との電話が終わった後、勉強もせず、家事も最低限にしてずっと歌詞を書き続けた。
自分の気持ちと向き合うため、しっくりくるような表現を考えて選び、落とし込めてきた。
これが今の自分にとって精一杯の向かい方だ。
本当にこの方法で向き合えるか、と自分のやり方に何度も疑問を抱いたが、夢野の試行錯誤したという話を思い出し、なんとか最後までやりきることができた。
おかげで散らかっている部屋を一気に片付けた時のような、スッキリした気持ちになることができた。
グチャグチャになっていた感情を整理したからか、靄が掛かっていた思考もだいぶクリアになった、ような気がする。
(けど、どうなりたいかはまだ分からないんだよな……)
恋人になりたいとも友達になりたいとも違う。
恋人になったら嬉しいと思うけど、その先が不安でしかない。恋人が両想いということも限らない。
告白されて、恋愛感情を抱いていなくても特に断る理由もないから告白を受け入れる。なんていうこともあるわけで。
咲夜は、こちらに気がないのなら、告白を受け入れてほしくないと思ってしまう。一方通行はこりごりだ。
いっそのこと振ってほしいし、振られたほうが気持ちを切り替えることができそうだ。
恋人になったら、と想像してみるが、幸せな恋人生活よりも、我慢をされて満たされないまま破綻する未来のほうが安易に想像ができてしまう。
自分が壊れてしまう未来を取りたいと願うほど、彼に溺れていない。と、思いたい。
結果的に恋人同士になりたくはない、ということなのか。
それは少しばかり唸ってしまう。
有り得ないことだが彼から、好きだ、と言われたら信じてみたくなる。恋人になりたくない、というより幸せな未来が見えてこないから、というのがしっくりとくる。
友達になったらなったらで、虚しい感情に押し潰されそうだ。久留島に恋人ができたら、その様子を傍で見なくてはいけないから発狂しそうで怖い。
傍から離れたいかと訊ねられると、そのほうが楽だなとは思う。思うだけでそれが心の底からの願望なのか。そうともいえるし、そうともいえない。
ここまで考えてもハッキリと分からないとは、優柔不断な自分が情けなくなる。
(でも、ここまで整理できたのはだいぶ進展した。そう考えよう)
今までは、でもでもだって、を繰り返してきた。それを考えると、よくここまで辿り着いた。そう自分に言い聞かせる。
ルーズリーフを机の上に置き、それを見下ろしながら思案する。
(魅瑠の言うとおり、アイツのことは分からない……これ以上考えても答えは出せないかもな)
缶詰状態で考えてみても、それ以上の答えが見つからない。むしろ出し切った感がある。これでは方向性を決めることができない。
では、魅瑠以外の人に相談するか。それは出来ない。他の人にこの感情を吐露したくない。
なら、どうすれば答えを出せるのだろう。
そもそもどうして、答えを出せずにいるのか。問題の核である久留島のことをよく分かっていないからではないか。
(アイツと話したら、少しは見えてくるかな)
久留島と話す。彼のことを思い出すと胸が苦しくなるけれど、前ほど悲観的にならない。
今なら比較的落ち着いて話せる。彼にとって自分と話すメリットはない。面倒くさがられるのは目に見えている。
だが、こちらは番を否定されたうえ拒絶されたのだ。このまま引き下がるのも、なんだか腑に落ちない。
そう思うと、沸々と怒りが込み上がってきた。
何故自分ばかりこんな思いをしなくてはいけないのだ。こんな思いをしたのだから、ちゃんとした理由を訊かなければ納得できない。
(まあまだ直接会う勇気はないけど!)
今、直接会ったら冷静ではいられなくなる自信がある。だから直接会うことはしばらく避けたい。
(けど、色々と訊かないと前を向けない気がするから、いずれは……)
運命の番を信じず拒絶した理由。それを訊いて納得したら、きっと前に進める。薬の件はその後で決めればいい。
決意を新たに咲夜は、よし、と立ち上がった。
そして自分が着ている服を見て、あ、と漏らした。
着ている服が金曜日のまま。この二日間、両親と時間帯が擦れ違う予定で、勢いのまま歌詞を書きたかったので風呂にも入らなかったため着替えなかったのだ。
(とりあえず風呂に入らないと)
風呂の中で今後のことを考えようと、咲夜はパジャマ一式を用意して部屋を出た。
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