魅瑠は一肌脱ぎたい【佐藤魅瑠】
糸のような雨が降り注ぐ、土曜日の午後2時45分頃。
住宅が建ち並ぶ道で鼻歌を口ずさみながら、魅瑠はビニール袋を片手に歩いていた。
薄暗く雨が降っている中、足取りも軽く、明るい音調の鼻歌が雨で掻き消されていく。
それが好都合だと言わんばかりに、声量が大きい。
ビニール袋の中には、魅瑠の父親から預かった出張土産のお菓子が入っている。
梅田さんちに持って行きなさいと言われ、お気に入りの傘をお供に家を出たのだった。
あの二人は甘い物が好きだと父親も承知なので、吟味して選んだに違いない。
時間が時間なので魅瑠にもそのおこぼれにあずかる、ということだ。
目的地の梅田家に到着し、インターホンを鳴らす。今日はいきなりなので、玄関の鍵は開いていない。
少し経ってインターホンのスピーカーから、梅田母の声が聞こえた。
『はい、どちら様でしょうか?』
「おばさん、こんにちわぁ。魅瑠だよー」
『あら魅瑠ちゃん! 今日はどうしたの?』
「お父さんからのお土産を持ってきたの」
『あらあら。わざわざありがとうね。もうすぐお茶の時間だし、せっかくだから一緒に食べる?』
「喜んでぇ!」
スピーカーが切れ、少し経ったところで鍵が開く音がして扉が開かれる。現れたのは梅田母だった。
「待たせてごめんなさいね」
「全然待ってないよぉ。はい、これお土産」
魅瑠は梅田母にビニール袋を渡した。
「ありがとう。悪いんだけどお茶を淹れている間、慎介を呼んできてくれる?」
「はーい」
靴を脱いで梅田の部屋へと向かう。部屋の前に着いてノックをする。
「慎にぃ、入ってもいい~?」
「ちょっと待て……………………いいぞ」
梅田の許可が下りたので扉を開く。梅田は仕事用のデスクの椅子に座っていた。作業していたのかデスクの上がいつもより散らかっていた。
「お仕事中だった?」
「テストの採点中だ」
「休みなのに大変だねぇ」
「俺は在宅でしている分、楽なほうだ。部活の顧問している先生のほうが大変だ。で、なにか用か?」
「お父さんからのお土産持ってきたから、おやつにしよう!」
「分かった。あと少しでキリが良いから、待ってろ」
「はーい」
返事をして、魅瑠はクッションに腰を下ろした。
「下で待っていろ」
若干呆れながら言ってきた。
「いいじゃん、別に。今はどのクラスの採点しているの?」
「お前のクラスだよ。魅瑠、お前の今回のテスト良かったぞ」
「おお! 赤点回避した!」
「赤点基準で喜ぶな。進学校の先生としては、もっと高い点を基準にしてほしいところだ」
梅田が嘆息するが、魅瑠は反論した。
「でも中学生のときに比べたら、赤点回避はすごいでしょ~」
中学生時代の平均点数は30点代だったのが、高校に入学して赤点という基準が出てくるようになった。その赤点が45点以下で、それを考えるとかなりすごいと自画自賛している。
「それはお前が真面目に勉強しなかったからだろうが。ちゃんとしたら成績が跳ね上がるってのに…………でもまぁ、他の教科でも赤点取っていないらしいし、今回はよく頑張ったな」
それを聞いて魅瑠は誇らしげに微笑んだ。
「次回はもっと上を目指せよ」
「ご褒美くれたら考える」
「高いケーキ買ってやる」
「それよりもぉ。慎にぃの手作りスイーツがいいな!」
「はいはい。考えておく」
「やったぁ!」
考えておくと言っているが、梅田のことだから作ってくれるに違いない。魅瑠は内心ほくそ笑んだ。
「ねぇねぇ、今のところ最高得点なのってやっぱり久留島君?」
「生徒の個人情報だからノーコメント」
「しっかりしているねぇ」
「当たり前だ。お前には色々と喋っているが、必要最低限の情報しか渡さないぞ」
「必要最低限ねぇ」
魅瑠は意味深な口調で呟く。
「なんだ。なにか言いたいことがあるのか?」
その口調に釣られてか、梅田が訝しげに訊ねてくる。
「別にぃ? ただ慎にぃ、久留島君と面談したんでしょ? その情報はくれるかなぁって」
梅田が目を瞠る。
その様子にやっぱりなぁ、と魅瑠は思った。梅田は真剣な面持ちで魅瑠を見据える。
「魅瑠、正直に言え。どこから情報が漏れた?」
ピリピリとした口調だ。無理もない。今回の件は機密事項だから、面談しているところを誰かに聞かれたら噂が広まってしまうことを危惧しているのだから。
魅瑠は臆することなく、しれっと言った。
「漏れてないよぉ? ただ慎にぃのことだから、久留島君側の事情も訊こうと思ったんじゃないかなって」
沈黙。
破ったのは梅田の盛大な溜め息だった。
「嵌めたな……」
「その感じだとやっぱりそうなんだ」
疑問が確信に変わり、魅瑠は立ち上がった。
「さてさて慎にぃ? どういう事情を聞いたのかな?」
「いやいや、これこそ生徒の超個人情報だ。お前に言うわけには」
拒絶する梅田にジワジワと詰め寄っていく。
「さすがに細かいことは聞かないよぉ? ただ久留島君はさっくんのこと、どう思っているのかっていう確認だけぇ」
さらに詰め寄ると、梅田は顔を引き攣らせ、椅子に座りながら身を引いた。
「久留島だって
「そうだけどぉ。魅瑠は知られたら知られたで、堂々とアピールする」
「お前のメンタルは鋼か」
「いまさらぁ」
魅瑠はケラケラと笑ったが、すぐ笑みを伏せる。
「でもぉ、久留島君の気持ちを知ったほうが魅瑠的にはいいんだよねぇ」
「と、いうと?」
「魅瑠はさっくんの気持ちは分かっているけど、久留島君の気持ちは話したこともないからさっぱり分からなくてぇ。分からないまま行動するのもどうかなぁと思ったわけ」
「いやいや。久留島の意思を無視することはできないから。それに明確に久留島の気持ちを知っているわけじゃない」
「でも察しているよねぇ?」
一瞬黙り込んだ梅田だったが、すぐ険しい顔になった。
「とにかく駄目だ。久留島の気持ちを
「それなら久留島君はさっくんのこと気にしてた?」
「………………気にしていた」
「どれくらい?」
「それを言ったらお前は察するから言わない。これ以上訊くんなら、丹羽が久留島のことをどう思っているのか訊くぞ」
軽く睨まれ、魅瑠はやれやれと肩をすくめた。
「わかったよぉ。そろそろお茶が淹れ終わったと思うから、先に行っているねぇ」
扉を閉めると小さく溜め息を吐いた。
(収穫はぼちぼちってところか)
咲夜のために久留島の気持ちを正確に把握したかったが、やはり梅田相手となると手強い。
魅瑠は部屋の前から離れ、階段を下りていく。
(ううん。魅瑠が察することができるくらい、けっこう分かりやすい態度を取っているってことかな?)
久留島のことは咲夜から聞いたことでしか知らないので、まったく思いつかない。
(観察しても、元気がないとしか分からなかったしなぁ)
表情が暗い、雰囲気も暗い。分かるのはこれくらいだ。はじめて咲夜の相談を受けてから、たまに観察していたくらいで明確な違いを見つけられるほど観察はしていないのだ。
(前はそんなことなかったような気がするんだけど~……もしかして、さっくんのことを気にしているからあんな顔をしている、とか?)
咲夜が倒れて救急車に運ばれた場面を、少なからず目撃している生徒がいる。そこから漏れて耳に入ったかもしれない。
(当たっていたら、久留島君ってばかなーりさっくんのこと気にしているってことだねぇ)
ならどうして気にしているのだろうか。妬いてしまうくらいには咲夜に関心あるのは明白。
もう一度梅田の発言を思い返して、ふと引っかかりを覚えた。
魅瑠は階段の途中で立ち止まる。
「ん?」
先程の梅田の発言をよくよく思い出してみる。
『久留島だって
久留島が思春期。これは分かる。なにせ同い年なので。
だが、他人に好きな人を知られたくない、という発言に違和感がある。
魅瑠は、好きか嫌いか、好きでも恋愛的か友愛的なのか、という意味で訊ねた。とくに深い理由はない。
友愛的な感情だとしても、自分以外の相手と遊んでいたら嫉妬するときもある。
久留島が咲夜に対して友愛的な好意を抱いている可能性もあると思っていたから、敢えて広い意味で訊ねた。
その前に発言した自分の言葉を思い返してみても、どう思っているのか、と訊いただけで恋愛的な意味で好きなのか、とは一言も言っていない。
(なんか、恋愛前提で話していたような)
そして
敢えて教えなかったということはつまり。
(え? え? つまり……久留島君はさっくんのことが好きってこと??)
それを梅田が察しているとすれば、先程の会話の違和感も納得できる。
梅田は恋愛話を前提に話していたから、あんな態度を取っていたというわけで。
(つまり両想いってこと!?)
魅瑠は
あんなに咲夜が、久留島は自分のことが好きではないに決まっている、と苦しんでいたというのに、その久留島が実は咲夜のことが好きで。
それで久留島も何故か咲夜に想いを伝えるつもりはない感じで。
(めっちゃくちゃ擦れ違っているじゃん!!)
叫びたい気持ちを堪え、魅瑠は深呼吸する。
(これは……魅瑠がどうにかしないといけないな)
暦の顔がちらついたが、それは置いといて。
魅瑠は唸りながら考え始めた。
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