月曜日の朝②

 彼の顔から笑みが消える。少し間を置いて、彼はにっこりと笑う。



「別に? 前にも言っていたとおり、少しお話したくらいだからね」



 またその笑顔。なんで自分のことを知っているのか訊いたときと、同じ笑顔。底が見えない、空っぽの笑顔だ。


 ただ、と久留島類が付け加える。



「思い出さないほうがいい思い出も、あるんじゃないかなと思うんだ。だから、とくに思わないかな」



 結局、どっちなのだろうか。根に持っているのか、持っていないのか。なんだか遠回りに「思い出すな」って言われているような気になる。



「久留島って……ほんとうに意味が分からないな」


「姉さんにも、よくいわれる」


「姉さんがいるのかよ」


「血は繋がっていないけどね」


「ふぅん」



 連れ子か養子か。興味がないので別にいいが。



「咲夜くんは一人っ子っぽいね。ていうか、絶対にそうでしょう」


「どういう意味だ」



 その通りだから否定は出来ない。だが、断定されるのは何だか癪だ。



「そういう意味」



 嫌味が含まれたような言い方に、眉間に皺を寄せる。



「お前、姉さんにムカつくって言われているだろ、絶対」


「当たり!」



 嫌味を返そうとしたが、全力で肯定された。おそらくワザとだろう。顔がニヤニヤしている。


 コイツと話していると疲れる。もう頭痛に我慢出来なくなって、もう一度そっとしてくれと言おうとしたが、その前に救世主の声が降りてきた。



「あれ? どうして俺の席に、久留島が座ってるの?」



 その声の主の顔を仰ぐ。前の席の男子生徒が不思議そうな顔をして、久留島類を見つめていた。



「悪い?」


「別にそうじゃないけど」



 そう言いながら、男子生徒が咲夜を一瞥する。咲夜は男子生徒から視線を外し、久留島類を睨めつけた。



「ほら、来たぞ。女子のところに行けよ」


「咲夜くんは冷たいなぁ」



 やれやれ、と肩をすくめながら久留島類が腰を上げる。



「いい暇潰しになったよ。それじゃまたね」



 手のひらをひらひらと振りながら、女子の群れに向かう久留島類に、二度と関わるな、と心の中で毒を吐く。吐いたら、女子を敵に回しそうになりそうだから言わないが。


 代わりに盛大に溜息をついた。久留島類が去ったおかげで、頭痛がマシになった。



「なに? 丹羽って久留島と仲がいいの?」


「そんなわけあるか」



 吐き捨てるように答える。男子生徒が鞄を机の上に置き、よっこらせ、と椅子に腰を下ろした。


 この男子生徒は、咲夜がΩだからといって侮辱するわけでもなく気を遣うこともなく、普通に接してくれるので、気が楽だ。友達ではないが、交流しても問題ない相手というのは、この教室において貴重だ。



「だったら、なんで話していたんだ?」


「省略すると、一時的に小学校が同じだったから、あっちがやたらと絡んでくる」


「小学校、同じだったんだ」


「小三までな。オレは覚えていないけど」


「へぇ。友達だったん?」


「じゃ、なかったらしい」



 男子生徒が怪訝そうに首を傾げていた。



「え? じゃあ、ただの知り合い?」


「知り合いというほどの仲でもなかったようだ」


「え、じゃあなんで絡んでくるんだ?」


「知っていたら、オレの頭は痛くならない」



 こめかみを揉む。完全とはいかないが、だいぶ痛みが引いてきた。



「たしかに久留島と話すのって、頭が痛くなりそう」



 男子生徒が苦笑する。



「お前もそう思うか」


「いや、会話聞いている限り痛くなりそうだなって」


「盗み聞きか?」


「聞こえるんだって。なんか久留島って、本音を言うの避けている感じがするというか、ひらりひらりと躱しているというか。話しているって感じがしないから、聞いているだけで疲れるなって」


「ああ……それ、分かるかも。なんか人を揶揄っているのが楽しそうっていうか」



 揶揄って楽しんでいるから、こちらの神経を逆撫でして、さらにそれを楽しんでいる。しかも、隙を見せないからとっつきにくい。性格の悪さが滲み出ているようだ。



「それだ。女子たちはそれがなにが良いんだろうなー」


「ミステリアスが良いらしいって、暦が言っていたな」


「ああ、四組の? その子は久留島に興味ないん?」


「眼中にないって感じだな」



 ミステリアスのどこがいいのか分からない、と剣呑な顔をして呟いていたことを思い出す。はっきりとした人が好きな暦には、根本的に合わないだろう。



(ていうか、アイツに友達いるのか?)



 女子に囲まれている姿をよく見るが、クラスの男子と話している姿はあまり見かけたことがない気がする。



(友達がいないからって小馬鹿にしていた奴が、自分には友達がいないとか。お前が言うなよ)



 久留島類を一瞥する。女に囲まれて、薄笑いを浮かべている。女に囲まれても、自分と話していても空っぽの笑顔をしていた。



(アイツって、心開いてないよな……)



 久留島類の事情など知らないが、自分とはまた違う息苦しい世界の中で生きているんだな、とぼんやりと思った。



(オレには関係ないし、アイツがどんな世界で生きていようが興味ない)



 男子生徒が前を向き、予習を開始する。咲夜もヘッドホンを耳に当て、予習をし始めた。予鈴が鳴るまで、久留島類が咲夜を見ていたことに、咲夜は気付かなかった。

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