帰り道

 部活を一通り回ったので、咲夜と暦は帰路についた。

 家が近所なので、途中まで一緒に帰る。小学生の頃からの習慣だった。



「咲夜、クラスはどうだった?」


「Ωだからって、さっそくヒソヒソされた」



 暦がにっこりと笑う。真っ黒い何かが溢れているような気がして、一歩距離を置いた。クラスメイトに対して怒っている、というのは分かっているが、やはり怖い。



「直接は言われなかった?」


「それは大丈夫だ」


「言われたら言ってね? シバくから!」


「ほ、ほどほどにしてくれ」



 冗談ではなく本気で言っているから、笑い飛ばせない。前科があるから尚更のことだ。言われても、暦に言えない。問題になって傷つくのは暦のほうだ。それは嫌だった。



「心配してくれて、ありがとうな」


「当然だって」



 暦が咲夜の肩を、ぽんぽんと叩く。身長は同じくらいなので、簡単に肩が届く。



「そっちはどうだ?」


「二人できたよ。さばさばした子と、逞しい子」


「それは……暦に合いそうな……」


「褒め言葉としてもらっておくね」



 暦は笑って返した。


 しかし良かった。暦には中学の頃、友人が咲夜やΩのことを侮辱した途端、その友人に絶交宣言した過去がある。それ以降、表面だけの友人とは縁を切って、Ωを偏見しない友人だけに絞った。


 今回もやらかさないか心配だったが、とりあえず杞憂に終わったようだ。



「ああ、そういえば暦」


「ん?」


「久留島類って知っているか?」


「……久留島類?」



 暦がきょとんと首を傾げた。



「うん……新入生代表の子、だよね? その子がどうしたの?」


「同じクラスなんだけど、なんか小学校が同じだって言ってきたから、暦は知っているかなって」



 暦が唸りながら、考え始める。



「ん~~~~~……いなかった、はず。あんな綺麗な子、そう簡単に忘れるわけがないし。子供の頃だからって、子供時代も可愛かったはずだし、名前くらい覚えているはずだよ」


「目立つはずだよな……」



 暦が知らないのなら、いないはずだ。暦だって、五組ほどいた小学生の同級生全員を覚えているはずがない。だが、咲夜よりか大分覚えているはずだ。


 やはり勘違いではないか、と思い始めると暦が、あ! と、声を張り上げた。



「わたしが知らないなら、多分咲夜が転校する前のことじゃないかな?」


「転校する前、か」



 咲夜は小学四年生のときに、暦が通う小学校に転校した。小学三年生までに通っていた小学校に、久留島類がいて面識があったのなら、名前呼びも納得できる。



「ああ……それなら、暦が知るはずがないよな」


「ね? きっとそうじゃないかな」



 すっきりした、と言わんばかりに断言する暦。咲夜もだんだんそんな気がしてきた。



「だったら、なんか申し訳ないな」


「だね」



 暦も頷く。

 暦は知っている。どうして、申し訳なく思うのかを。だから、すぐ頷いた。



「まあ、仕方ないんじゃないかな。久留島君は知らないんだから」


「でも覚えていないって答えてしまった。交友があったかもしれないのに」


「たしかに友達だったとしたら、傷ついているかもね」



 傷ついている。本当にそうだろうか、と咲夜はあのときの久留島類のことを思い出す。


 傷ついた風に見えなかった。むしろ怒っているような、疑っているような、そんな感情が少し出ていたように思う。



(友達だったら、同じ学校に通っていただなんて言わない、はず)



 もし友達だったとしたら、小学生の頃一緒に遊んでいた、とかそういう感じに言うのではなかろうか。



「とりあえず、事情を説明したら?」


「あー……必要だったら言う」


「そっかー」



 軽く受け流して、そういえば部活のことだけど、と暦が別の話題にすり替えた。そんな暦に心の中で感謝して、話題に対して受け答えをする。



(そう……久留島が気にしているんなら、話せばいい)



 転校する前の記憶がないだなんて、そんな言いにくいこと、必要以上に言いたくなかった。

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