話しかけてきたんだけど

 男子生徒の名前は、入学式のときに分かった。なんと、新入生代表だったのだ。


 名前は、久留島くるじまるい。教室で見たときは怖くて気付かなかったが、新入生代表として答辞を読んでいる彼を見て、気付いたことがある。


 久留島類は、αだ。



(だから、女が群がっていたの)



 普通はβ同士が結婚し、αはΩと番になる。だが、αとβが結婚することもある。Ωは数が少ないうえ、運命の番以外と番ってはいけないという法律がないからだ。αは将来有望だから、βが群がるのも納得だ。



(αだから、Ωのオレを見ていた……?)



 それが一番しっくりくる理由だ。



(でも、アイツがオレの番っていうわけでもなさそうだし)



 運命の番は、一目見ただけで分かるという。しかも、どちらか一方しか番であるかどうか分からず、分かった側が相手にに自己申告しなくてはならない。片方はどれが番なのか分からないが、番に少しずつ惹かれていくとかなんとか。



(一目で分かるんだから、雷に打たれたような、とか、こうすごくときめくような感じだと思うし)



 久留島類に対して、そのような感情が湧いてこない。むしろ怖いし、見るだけで頭痛がする。



(中学のときも一人αいたけど、ソイツが怖かったっていうことはなかったから、αとΩでも相性があるってことか?)



 αかΩを見極める術は、首輪以外に匂いがある。αとΩは人が放つフェロモンの匂いに敏感だ。現に久留島類からはα独特の匂いが漂っている。匂いは基本同じらしいが、個々によって差異があるらしい。


 香水は人によって受け付けられない匂いがあって、それが原因で吐き気などといった症状が出る場合があるという。それと同じで、受け付けられないαの匂いがあって、それが原因で頭痛がするのだろうか。


 昔αとΩ、そして番のことについて調べたときには、そういう例はなかったような気がする。



(最後に調べたの、三年くらい前だからな……もしかしたら、そういった例が論文に出ているかもしれない。今度調べ直そうかな)



 入学式が終わり、ホームルームが始まった。並んだときも席も、久留島類が前だったので、見られずに済んで、咲夜は安堵した。



「今日から一年間、お前たちの担任になる梅田だ。趣味はバイク。よろしく頼む」



 担任がまず自己紹介をする。やはり、担任だったようだ。



「さて、まずは俺がさっきしたように、各々自己紹介をしてくれ。名前と趣味と、何か一言コメントしてくれ。趣味は適当に言ってもいいぞー。ただし、偽名は駄目だぞ」



 適当でいいんかい、と一人の男子生徒が笑いながら突っ込みを入れる。出席番号順で自己紹介をしていき、久留島類の番が来た。



「久留島類です。イギリス人の血が入ったクォーターですので、こういった見た目です。日本生まれの日本育ちです」



 程よい低めの声に、隣の席の女子がうっとりと溜息をついた。確かに声は良いな、と思う。



「趣味は……うーん。これといったものはないかな。強いていえば読書? まあ、適当によろしくお願いします」



 久留島類が着席する。



(クォーター……だから、あの見た目か)



 日本人離れしているな、と思っていたが、やはり外国人の血が入っていたらしい。



(オレのチョーカーも目立つけど、見た目が派手なのも目立つな)



 チョーカーを撫でながら、咲夜はそう思った。


 咲夜がチョーカーを付けているのは、αに無理矢理番にさせられないようにするための自己防衛だ。運命の番ではなくても、番にはなれるのだ。αがΩの首筋に噛みつけば、正式な番になる。番になることと結婚することは違うのだ。


 だから、Ωはチョーカーを付けるのが当たり前だという風潮がある。咲夜もそれに倣っている。



「はい、次ー」



 いつの間にか自分の番が回ってきた。我に返り、咲夜はゆっくりと立ち上がった。



「丹羽咲夜。趣味は音楽鑑賞。好きなアーティストは、ディアホライズン。以上」


「一言コメント」


「……好きなアーティストがコメントってことで」



 そのまま着席する。それでいいのか、担任の梅田が次を言い渡した。


 適当に、よろしく、と言えばいいかもしれなかったが、嘘でも言いたくない。Ωということで、騒ぎ出してひそひそと自分を話のネタにしたクラスメイトと仲良くしたいとは思わなかった。


 自己紹介が終わり、明日の説明などをしてその日は解散となった。各々部活の見学に行ったり帰ったりと、好きにしてもいいようだ。


 この後は暦と部活を回る約束をしている。咲夜は部活に入る気はさらさらないが、暦は美術部に入るつもりらしく、ついでに他の部活の見学をしたいらしい。とっとと暦と合流しよう、と立ち上がる直前、横から話しかけられた。



「咲夜くん」



 しかも名前呼びで。


 辟易しながら、顔を上げる。


 そこにいたのは、久留島類だった。甘いマスクでにっこりと笑いながら、咲夜を見下ろしている。


 女ならときめくだろう。下手したら男もときめいてしまう。それほどこの男は容姿が整っている。だが、咲夜は何か得体の知れない化け物のように見えた。目が笑っていなく、なにか探りを入れられているような気がした。


――ズキッ


 ああ、また頭痛がする。



(ていうか、なんで名前呼び)



 面と向かい合ったのはこれが初めてのはずで、ほぼ初対面のはずだ。それなのに、どうしていきなり名前呼び。


 抗議しようと口を開く前に、久留島類が先手を打った。



「久しぶりだね」



 その言葉に咲夜はきょとんとした。



(久しぶり……?)



 この男と会ったことがあるだろうか。記憶を手繰り寄せてみるが、覚えが無い。こんな男、一目見たら忘れなさそうなのに。



「ごめん、会ったことあるか?」



 久留島類が目を見開く。



「僕のことを覚えていないのかい?」



 忘れられたことがないのか、とても意外そうに訊ねてきた。



「えーと……人違いじゃないか?」


「じゃ、ないね。記憶力には自信あるんだ。ほら、同じ小学校だったでしょう?」



――ズキッ


 頭痛が、酷くなった。

 こめかみを押さえながら、答える。



「ごめん……やっぱり覚えていない」


「…………ふーん」



 久留島類は目を細めて、咲夜を見据える。一瞬口元から笑みが消えたが、すぐに笑顔を繕った。



「覚えていないならいいや」



 そう言って、久留島類は去った。少し離れると、女子に囲まれた。それを相手にする久留島類を、半眼で見据える。



(なんだったんだ……?)



 胡乱げに首を傾げていると、扉のほうから声が掛かった。



「咲夜ー」



 暦の声だ。慌てて席から立ち上がる。



「ああ、ちょっと待って!」



 鞄を持って、急いで暦の元へ駆け寄る。ちくちくと背中に視線を感じたが、振り返らなかった。

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