第406話
「恥を知れ出来損ないの子よ! 貴様のように何者にもなれず、何者でもない神など存在してはならぬのだ! 神とは、崇められ、信仰され、尊ばれ、そして何よりも優先されなくてはなぬ存在! しかし、貴様を崇める存在はなく、信仰するものもおらず、ただ悪戯に戦火を振りまくだけの存在! 貴様のような不出来で不完全な存在を作ってしまったことこそが神の父であるこの我の唯一の汚点よ!!!」
「『崇める存在はなく、信仰するものもおらず、ただ悪戯に戦火を振りまく』ときたか。くくく、これは愉快。なんともまぁ、実に愉快ではないか父上殿。そうである。このモンテロッサには信仰する者も崇める者もおらぬよ」
ノストガウリエラの言うことは正しい。いや、正確に言えば正しかった。兄弟、親でさえその異質すぎる力を恐れ距離を置き、呪いをもって制御しようとした存在、モンテロッサ。そんな彼は破壊の象徴であり、慕うものも付き従うものもいなかった。
弾丸やレーザーのように伸縮する光の剣が雨のように降り注ぐ中、モンテロッサは笑みを浮かべた。
剣戟の豪雨に晒されながら、いや、晒され続けているからこそ、モンテロッサはその攻撃に順応していく。
大きく避けていた攻撃は次第に歩幅を狭く、少なくしていき、いつしか体捌き飲みへと移行し、無駄な動きが限りなく少ない状態でぎりぎりまで攻撃を引き付けて回避する境地に至り、そしてついにはまるですり抜けるかの如く剣戟をいなしていく。
「馬鹿な――」
「我は父上殿や他の兄弟のように偉大ではない。だから信仰も尊敬もないであろう。だが」
「出来損ないの分際で何を騙る! 神として生まれながら、同族さえも手にかけた貴様のようなまがい物、今ここで滅してくれるわ!」
光の剣の一斉掃射、さらに産み落とされた複数の古代種の自爆攻撃。
それらがノストガウリエラの怒りに呼応するかの如くその勢いを増す中―――ぶるりと、甲冑が震えた。
「―――我には"友"がいる」
再び砕け散る光の剣。頭部を失い力なく倒れていく古代種。そして、モンテロッサの手中で驚愕の表情を浮かべながら、今まさに倒れ行く自身の首から下を見つめるノストガウリエラの頭部。
「出来損ない、大いに結構。ゆえに我は未だ"完成"に至っていない証。御父上殿たちが止めたその歩み、この不肖の息子が引継ぎ、足跡を刻み続けてやろうではないか」
かちゃんと、モンテロッサの甲冑にひびが走る。
モンテロッサは他の古代種とは異なり、特別な力と言えば神殺しの力のみ。
ひと時の超スピードも、あれはモンテロッサが後天的に努力によって会得したものである。ゆえに無尽蔵の力ではなく有限の力。連続発動ができず、長時間の使用も肉他の損壊に繋がる危険な技である。
それをこの数分のうちに何度も、それも今までよりもはるかに長い時間使用した。
そうしなくてはならない程度にはノストガウリエラという存在は厄介極まりない存在であった。
「ではな、お父上殿。先に地獄で待っていてくれ」
そう言うと同時にモンテロッサは手中に収められ声を発することもできないでいたノストガウリエラの頭部を握りつぶした。
普通であれば加護が残っている限り古代種は復活するのだが、モンテロッサにより滅ぼされた古代種は復活することができない。
それこそが、モンテロッサの異能―――神殺しである。
「ずいぶんと話に熱が入ってしまったが、ユーリは大丈夫であろうか」
少しばかりの哀愁を秘めた視線を、チリとなり消えていくノストガウリエラの体に向けた後、モンテロッサは自分を超える強大な力と、それと相対している小さな存在に目を向けた。
「あんなに面白そうな相手、独り占めすることは許さぬぞ!」
先ほどの激闘が嘘のように、モンテロッサは甲冑のような顔でもわかるほどに相好を崩し、今まさに駆けだそうとした。
―――それは違和感。
確実にノストガウリエラはこの手で殺した。それは紛れもない事実。
手ごたえも十分、文句のつけようがないほどに完璧に殺し尽くした。
だが、違和感に似た感情が背筋をなめた。
これは、知っている。
何度も味わった。強者ゆえの油断。慢心。それに付け込まれた時の、あの身の毛もよだつ懐かしい感覚。
脳が指示を送るより早く、脊髄が反射を行うより迅速に、これまで積み上げてきたモンテロッサの経験が体を動かした。
振り向きざまに振るわれた剣。そこには確かな手ごたえを感じた。
ありえない。父上殿はこの手で殺したはず。加速する思考の中、ようやく視覚情報がモンテロッサの肉体に追いついた。
切り裂いたものはあまりにも不気味で、グロテスクで、しかし、強大な力を秘めた腕。
切り裂かれたそばから回復をはじめ、瞬く間に元の形を取り戻したソレが再び振るわれる。
「――グッ!! まさか、その姿――――お父上殿だというのか!」
まるでマグマのように、隆起しては破裂し、即座に修復される紫色の皮膚。顔は阿修羅のように、正面にノストガウリエラの顔があり、両面にはそれぞれ序列2位、序列3位の苦しみに満ちた顔が貼り付けられ、首から下に至っては変色して紫色になっているが、ベースは序列4位のモノであろう龍の肉体。
そのいたるところに序列を持つ兄弟たちの顔が貼り付けられ、そのどれもが一様に苦しみ、どす黒い色の涙を流している。
ひたりと、そのどすぐろい涙が地面に落ちれば、地面は一瞬のうちに死の大地に変貌を遂げる。
すべての顔が絶望と苦痛を訴えるような表情の中、たった一つ、笑みを浮かべながらモンテロッサを嘲笑するように嗤うノストガウリエラの顔。
「カミのチ、チであ、るこ、の我をコロ、せたと思、ったかオロカ、な被、造物よ」
先ほどまでと比べ、醜悪なその姿。口調さえも変わり、もはやあの生き物の中に存在する意識は誰のものなのかさえもはっきりしていないのだろうことは容易に想像ができる。
しかし、そのベースとなっているのは間違いなくノストガウリエラであることは想像に容易い。苦しみ悶える兄弟たちを踏み台に、今も狂ったような笑みを浮かべるノストガウリエラ自身の目からもどす黒い涙が流れ続けている。
「―――お父上殿。少しだけ待っておれ。すぐに楽にしてやる。神の責務も、王の責任も何もかも、我が打ち砕こう。それをもって、最後の親孝行としようではないか」
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