第403話

「―――お互い決め手にかけるというのはこんな状況なんだろうね。だけど、いい加減私の“ヘネシー”を返してもらおうか」


 今までの正直な動きとは異なり、いきなり俺の持つ神剣に手を伸ばしてくる始まりの勇者。

 だが、その動きはすでに把握済みだ。


 剣を生体魔具で格納し、取り出した短剣を振り抜く。


 いきなり変更された攻撃パターンにさすがの勇者もついてこられなかったのか、今までのような回避ではなく、かすかに前髪をかすめるに至った。


「器用だね」


「聞かせろ。なんでこの剣をヘネシーと呼ぶのか」


 戦いの最中だというのに、やつはその場に剣を突き刺し、腕組みを始めた。


「そうだね。さすがに何も言わずに奪い取るというのは私の流儀に反する。よし、決めた。話すよ」


 そういった始まりの勇者は少し顔をこわばらせるも、どこか懐かしむような視線を宙に向けた。


「その剣は私の御業で作られ、そしてノストガウリエラを倒すためにヘネシーが命を含む全てを注ぎ込んで完成した剣なんだ。あの神は通常の攻撃では殺せない。戦いの最中にそれに気がついた彼女はその剣で自らを貫き、そして剣にすべてを託して死んでいった。そのおかげで私はノストガウリエラを討伐することができたんだ。だからその剣は私のとても大切なものなんだ。返してほしい」


 かつての神との戦い。それが如何に苛烈なものだったのかが容易に想像できる。

 始まりの勇者パーティーに存在したとされる“4人目”の謎がこんなところで解明されるとは思いもしなかったな。


「大事なものなんだな、じゃあくれてやるよ。受け取りな」


 そう言って神剣を始まりの勇者の前に投げる。

 始まりの勇者は地面に突き刺さった神剣に手を伸ばし、つかもうとしたが―――


「―――何故っ!? どうしてだヘネシー! どうして私を受け入れてくれない!」


 バチッと、まるで強めの静電気みたいに、始まりの勇者が触れようとした瞬間、彼の体を拒むように稲妻が走る。


「お前には聞こえてないんだろ、そいつの声。だったら、お前にそれを持つ資格はねえってことだな」


 俺には聞こえている。

 この世界に再び召喚されたその日からこいつを再び手に入れるまでずっと聞こえてた。

 俺を呼ぶ思念。助けを求めるこいつの悲しみ。そして、誰かを救ってほしいという感情。

 本当にうるさくて叶わなかった。毎日毎晩ピーピーギャーギャーうるさくて本当にどこかに埋めてやろうかと何度も思ったくらいだ。


 しかし、それにしてもまさか


「お前も“ヘネシー”なんだな」


 勇者の前に歩みより、神剣を抜き放つと同時に横一線。

 この戦いでようやく二回目になる俺の攻撃が始まりの勇者の胴体に深々と刻まれた。


「ぐっ、どうして君が選ばれて、私が選ばれない……どうして」


「メンヘラだからじゃね。しらんけど」


 再度切り払ってやろうと刃を振るうが、その一撃は空を切り、少し離れた場所に傷がふさがった状態の始まりの勇者がいた。


 どうやら回復力も化け物レベルらしいな。


「どういう理由でヘネシーが私を拒むのかはわからないけど、きっと落ち着いて話し合えば誤解は解けると思うんだ」


「そういうところが女にもてねえところなんだよ。どうしてコイツの声を"誤解"なんて言葉で片づけられるんだか」


 繰り返される剣戟の応酬の中、始まりの勇者は涼しい顔でそれを凌いでいく。

 対する俺はといえば、一撃食らえば即アウト。食らわなくてもねじ切られた空間の収縮に巻き込まれても即アウト。攻撃は当たっても即回復される。

 圧倒的な絶望感、圧倒的な劣等感、そして圧倒的な無力感が全身を駆け抜ける。


「―――これだけの逆境でどうして君は笑えるんだい。君の攻撃は私にほとんどダメージを与えられていない。しかし、私の攻撃は一撃でも君を即死させることができる。そんな状況で、どうしてここまで食い下がろうとする? どうして笑みを絶やさない? どうして―――彼女を手放そうとしないんだ」


 ニヤリと、さらに自分の口角がゆがむのが分かる。

 あぁ、そうだろうよ。

 お前には一生かかってもわからないだろうな。

 

 ―――だってさ……


逆境こんなことなんてのは俺からすれば"日常あたりまえ"でしかねえわけよ。それに、今てめえが教えてくれたじゃねえか。"ほとんど"ダメージがないって。ってことは、かすかにダメージはあんだろ? なら、簡単だ」


 そこまで言って、上から抑え込まれた神剣を生体魔具によって小刀に換装し、

それを始まりの勇者の腰に突き立てる。


「お前も、死ぬまで殺せば死ぬってことじゃねえか」

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