第400話
キルキスが移動したあとには何も残っていなかった。
魔物の死骸も、コピーの連中も何もかも。
「どうして―――どうして今更あいつが!」
「寿命が来たら死ぬなんてそんなことはないらしい。俺も何を言っているのかわけがわからないけどな」
そう言いながら薬屋に斬りかかるが、薬屋は硬質化させた腕でそれを防ぐ。
通常であればそこから加護の異常供給で弾け飛ぶはずだが、どうにもこいつは硬質化させた腕をただの“硬いだけの物質”にすることでそれを免れていると見える。
「厄介極まりない、さすがサーカスのみなさんですね……」
「しつこい、うるさい、頭悪いの三拍子揃ってるのが俺たちだからな」
数度の剣戟を防がれたことで、これ以上攻め続けても意味がないと判断し一度大きく距離を取る。
その際に叡智の書を召喚し、魔法の準備に当たらせ、生体魔具で取り出したナイフを薬屋に向けて投擲する。
「おっと、これは豪雷陣付きのナイフですね? あぶないあぶない、普通に受けていたら数瞬意識を持っていかれてしまいますね」
余裕そうな表情で俺の投げたナイフを魔法ではたき落とした薬屋。
しかし、そのうちの一本は轟雷陣出はない。
「互換罠」
俺の一張羅を転移させ、その副次効果で俺ごと転移する抜け道のような裏技。
これを使い、一瞬で薬屋の懐に再度潜り込んだ俺は逆袈裟に剣を振り上げる。
「―――がはっ!?」
豪雷によって巻き上げられた砂煙に紛れる形で接近し、完全な不意打ち。
それも神剣を使った一撃だった。
手応えも確かに感じた。
―――故に、かすかに勝利を感じてしまった。
「痛いですね」
しかし、聞こえてきたのは勝利の福音などではなく、薬屋の冷酷な声。
それと同時に左から嫌な予感を感じ、即座に結界と爆炎陣を使った緊急回避を図る。
「避けますか―――流石ですね」
「君こそいつの間に“無加護”になんてなっちゃたのさ? ちょっとその身体能力でそれはずるっこくない?」
薬屋一人ならどうにかなると思ってたが、まさかそんな対策をしているとは思わなかった。
英雄並の身体能力、異常なほどの個性の応用の幅、そしてそんな状況でも加護を持っていないため神剣が通用しない。
まさかここまで“俺専用”に対策しているとは思わなかった。
「あなたのために、あなただけのためにこれだけの準備をしてきました。いえ、実はまだ準備してきたものがあるんです。あなたは有史以来最大の救世主であると同時に、原初の勇者に比肩するほどの功績を残していると私は考えてます。そう、“比肩”するほどの―――私は、それが耐えられない! あの男に、あんな男と、千器が同じだなどと私には到底思えない! 力をたまたま得ただけの、あんな男と同じだなんて、そんなこと許せないのです! だから、だからだからだから、私は用意しました。あなたがいない500年の間、いえ、その前からずっと準備してたんです。人類を滅亡させられるほどの魔物の大群、新世代と呼ばれるほどの英雄たち、そして古代種さえも味方につけて。でも、足りない。神の時代を終焉に導き、たった一人で序列第一位神の王の討伐を成し遂げたあの男には、まだ足りない。であれば、であればです。『同じこと』をすればいい。『さらなる絶望を乗り越えればいい』だけなんです!」
「メンヘラここに極まれりだなこりゃ。うっわメンドクセ」
「もし仮に、神の王が、あの最初の勇者が手を組んだら? 世界を牛耳った神の王と、神の王の野望を阻止した最初の勇者が手を組んだら? これ以上の絶望はありませんよね? これ以上の逆境はこの世界に存在しませんよね!? あぁ、興奮しませんか? その逆境をあなたが如何にして乗り越えてみせるのか、想像するだけで狂おしいほど愛おしくなりませんか!?」
そう言いながら薬屋は懐から取り出した小さな石に真っ赤な液体をかける。
「蘇りなさい。ノストガウリエラ。世界を再び蹂躙し、すべての生物を虐げるのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます