第399話
「ようやく追い詰めたぜ薬屋」
そういう俺の前には白衣のポケットに手を突っ込みながら薄気味悪い笑みを浮かべる薬屋が一人立ち尽くしていた。
「星穿ちを止められたのは少し予想外でしたが、まぁそもそもあれは保険です。本当の勝負はここからですよ? あなたは本来の武器の多くを失い、かつての手のつけられない千器には程遠い。そんなあなたであってもここまで辿り着くのはさすがとしか言いようがありませんが―――」
「ごめん、せっかくクライマックス感出してるんだからちょっと空気読んでくれない? その話まだ続く? もうぶん殴ってもいい?」
「―――やはりあなたは変わらない。いつまでもあなたはあなたのまま―――だからこそ、不愉快です!」
鼻くそほじりながら聞いてやってりゃ好き放題言いやがって。
一番迷惑してんのはこっちだっての。
「とりあえずぶっ殺すけど恨まないでね」
剣を構えながら薬屋に向かって駆け出していく。
しかし、薬屋が地面に手をつくと同時に、周囲に空間の渦のようなものが多数現れ、そこから嫌というほど見た薬屋のコピー共が現れた。
厄介極まりない能力。薬効創造。薬の効果を作り与える力。
それによって異常なほどの魔力を得るに至った薬屋はさらなる戦闘能力向上のためにおそらく陣術を学んでいる。
その証拠に今こいつが使ったのも陣術である。
俺の戦力は落ちて、逆に向こうは万全の準備をしてきやがる。
こういうねちっこいところが本当に薬屋の嫌になるところだ。
「さぁ、好きな私をお殴りください?」
「おう、全員ぶっ飛ばしてやらァ」
しかし、これはまずい。薬屋一人ならなんとかなると思うが、この人数相手にまともに戦って勝てるわけがない。
いや、こいつ相手には、まともでなくてもかなり厳しい戦いになるだろう。
「はぁ、これだけはしたくなかったんだがな……本当に気分が進まないし、最低最悪の手段だし、今後また命の危険が週一とかで来るしデメリットが大きすぎるんだが、もうこうなったら仕方ない」
一通りすべてのことに諦めを見せる俺のことを不思議そうに見てくる薬屋。
安心しろ、このあと嫌でも理解することになる。
俺とお前は特にな。
「来い―――キルキス」
すでに失効してしまったはずの俺たちの契約。しかし、こいつは世界中どこにいようと、どんな状況だろうと、俺の呼ぶ声を聞き逃すはずがない。
それがキルキスであり、それが秘密兵器。
俺の声を聞いた瞬間、薬屋は目をむき出し、周囲から音が消えた。いや、消えていた。
俺の声が響くように、劣化なくやつの元に音速よりも光の速さよりも早く届くために、すべての音はそれの邪魔ができない。
そして次の瞬間、目の前の薬屋の偽物はすべて消し飛び、その場には真っ白な悪魔が立っていた。
「久しいなユーリ。貴様の帰還をずっと待っていたのだぞ」
「かっこいい感じで話してますけど涙と鼻水で顔ぐちゃぐちゃじゃないのよ、あとよだれも拭きなさいはしたない」
薬屋の個性を【薬効により現実を操作】する力だとすれば、キルキス後からは【自身に都合のいい未来に現実を歪ませる】力といえる。
この二人のちからは相互に打ち消し合ってしまう程に相性が最悪だが、しかし薬屋はいかんせん手数がハンパじゃない。
薬屋とキルキスは相性が最悪と言える。
だからこそ、キルキスは俺が薬屋を釘付けにするまで呼ぶこともできない状態だったわけだが、今はもうそんなもの関係ない。
薬屋は目の前にいる。
「キルキス、雑魚の相手と、マッカランのこと頼む。たぶんありゃ40前後の力がありやがる。マッカラン一人じゃちときつい」
「任されよう。またこうして貴様と戦場を駆けられると思うだけで私は来い―――濡れるっ!」
「一応全年齢対象だからねそれくらいにしときなさい? それと早くいけ」
「うむ。すぐに戻る」
「頼むわ」
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