第397話

 想像以上に限界が早く来た。

 もっと戦えると思っていた。もっと善戦できると思っていた。

 しかし、序列持ちの古代種の隠し持っていた力は想像をこえていた。

 

 ユーリに使われている状態だったらおそらくもっと戦えた。むしろ勝てたかもしれない。

 しかし、今の私は一人だ。私を使うモノは私自身しかいない。

 これほどまでに差があるのか。これほどまでに私自身は弱かったのか。


 そんな思いを噛みしめながらひたすら蹂躙に耐えることしかできない。

 

 あと数分もすれば私の体を復元する力はなくなるだろう。

 そうなればさすがの私でも復活ができなくなる。

 つまり、完全な死を迎えることになる。


 恐怖はない。未練もない。私はずいぶんと長く生きてきた。

 ゆえに死を恐れることもなく、未練と呼べるものもない。


 ―――――そんなことがあるか。

 死にたくない。死ぬのが怖い。未練なんて言い出したらきりがない。

 まだまだやりたいことがたくさんある。

 彼の子供を産みたいし、彼の子供の子供も産みたいし、その子供も産みたい。何なら遺伝子を総取りしたい。独占したい。子供は男と女二人ほしい。

 そうすれば男の子と私で子供を産めば私成分75%の子供になる。

 私成分50%の子供と、75%のその子供。そして50%同士でも子供を作らせれば第二世代50%を用意できる。

 もっと簡単に個性で遺伝子を操作してユーリ99%というのもなかなか捨てがたいわ。この際だからもういっそのこと1%から99%までコンプリートするのもいいわね。

 ユーリ成分に囲まれていることを想像するだけでなんだか鼻血と力が

出てきたわ……


―――あれ、そういえばいつの間にか攻撃が止んでいるわね。


 そう思って顔をあげてみれば、古代種が初めて恐怖をにじませた表情をこちらに向けていた。



『な、なんなんだ貴様のその禍々しいオーラは!!!!』


 禍々しいオーラ?


「失礼しちゃうわね。どう見ても乙女心100%じゃない」


 そこまで話した瞬間、決して大きな声ではなかったが、それでもこの戦場に立つすべての存在に聞こえる不思議な声が響いた。


『来い―――キルキス』


 あぁ、ついに来るのか。

 200年前に封印されたあの女が。

 羅刹の魔女でさえ解除できない封印に閉ざされていたはずのあの女が。


 声のした方向に視線を向けようとも、さすがにこの距離ではユーリを視認することはできない。しかし、すべてのモノがその声のした方向に視線を視線を向けていることが分かる。


 すべてのものが戦いの手を止め、彼のいる場所に注目していた。

 時間にして5秒ほどだろうか。

 古代種を含めたこれだけの存在の時間をこんなに長い間止めるのはいつぞやの勇者であっても不可能だろう。


 しかし、ピッタリ5秒。その時間が経過した瞬間、私と戦っていた古代種の頭部が消滅した。

 それだけではない。周囲にいたモンスターの半分以上が今の一瞬で消滅している。


 これこそ元古代種の私を差し置いて、最強と呼ばれた力―――矛盾。


「―――1匹殴れば100万匹は死ぬものだ」


 ふわりと音もなく現れたその女。 

 白い軍服に白い髪。まるで新雪のような出で立ちに似合わぬ凶暴な光を放つ赤い瞳が私の視線とぶつかる。


「こうして貴様と会うのもずいぶんと久しぶりだなマッカラン」


「……そうね」


「ユーリに貴様のことを頼まれた。貴様とユーリの間に育まれた愛はかつてのモノより一層深く暖かいものだな。私も嬉しいよ」


 こちらに笑みを浮かべるキルキスの背後で、引き絞った拳を振り下ろしている古代種。

 まぁ、この女のことは心配するだけ無駄なのよね、だって―――


「――ふん」


 体勢を整え、しっかりと引き絞った拳を全力の踏み込みから放った古代種。

 しかし、マッカランは振り向きざまに裏拳の要領で拳を振り抜いた。


 二つの拳の衝突に音はなく、結果だけが私の目に飛び込んでくる。


『―――は?』


「実に久しぶりの感覚だ。ユーリの個性は途切れていたが、私がユーリの呼びかけを聞き逃すはずもないしな」


 何事もなかったかのように話を進めるキルキス。

 そして、ひじから先がなくなったまま硬直する古代種をしり目に私は大きなため息を吐き出した。

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