第396話

『人間でありながらこれほどの力を持つか。これはなかなか面白い』


 私が古代種に追いつくころにはすでに古代種は立ち上がり、こちらを待ち構えるように腕を組んで私を待っていた。

  

 どうも私を見下している感じがひしひしと伝わってくるわね。

 確かに私一人では恐らく勝つことは難しいけれど、ここまで侮られるのは心底不愉快ね。


『こちらも本気で迎え撃つとしよう』


 そういって古代種は拳を振りかぶる。

 いらだちのピークに達した私はそれに合わせ腰を落とし、拳を引き絞る。


 20メートルを超える巨体から繰り出される拳に対し、身長160と少しの私の拳が激突する。

 その衝撃波が周囲の地面をえぐり、巻き込まれた魔物はただの肉片に変貌を遂げる。

 

 変貌を遂げたのは周囲の魔物たちだけではなく、古代種の拳も同様だった。


『―――ぬ?』


「あらごめんなさい。古代種のくせにずいぶんと脆いものだからついぐちゃぐちゃにしてしまったわ」


 力も、速さも、思考も私の方が明らかに上であることは事実。だけど、それでも私はおそらくこの古代種には勝てない。

 

 その理由は"力の総量"が桁違いということ。

 私の力の総量を100とした場合、目の前の古代種はおそらく500000くらい。

 それほどの差が古代種とそれ以外の生物にはある。


 さらに言えば、私は個性発動中であれば全身を塵にされようとも復活できるが、復活には大きな力が必要になる。

 しかし、古代種は最低限の力で復活を遂げてしまう。

 

 それからも幾度となく拳を交え、古代種の力を削っていく。削っていくがその効率は非常に悪い。  

 どこかの誰かさんのように一度切りつけるだけで一定の力を吹き飛ばすことができればどれだけ楽なのかとこんな時ばかりは考えてしまう。


 四肢を砕き、胴体に風穴を開け、頭部を吹き飛ばし、それでもよみがえり続ける相手に、次第に焦燥感と自分の限界を感じ始めたころ、それはおこった。


『―――貴様は人間にしては強い。しかし、古代種に牙をむくにはまだ足りない』


 その言葉と同時に、古代種が私の目の前に現れた。

 私が認識できたのは、私の身の丈を遥かに超える巨大な拳が私の全身を叩く瞬間からだった。


 ―――パァンと、乾いた音。

 私の上半身がはじけ飛んだ音だろう。

 

 すぐさま体を作り直し、体勢を立て直そうとするも、それを許すほど古代種は甘くはなかった。

 

 五月雨のように降り注ぐ拳の雨。そんなものに当てられまともに回復することなど不可能だった。


 再生したそばから肉体を破壊され、破壊されたそばから再生していく。

 永遠に続くような痛みの濁流の中で、"脳"とは別の場所で思考を進める。


 そして一つの可能性を思い付き、私は壊れかけの体を必死に動かし、手を伸ばした。


『―――無駄だ』


 伸ばした手ごと、再び私の体は叩き潰さあれ、周囲に血しぶきと肉片が飛び散る。

 意識を支配し、肉体から切り離しているからこそ俯瞰して今の状態が分かるのだが、それでもこのままではじり貧といったところだ。

 

 依然として降り注ぐ拳の雨。しかし、それはそう長く続くことはなかった。


「足元がお留守ね」


 拳を叩きつける古代種の背後、正確に言えば足元の死角になっているところに潜んでいた私が全力の一撃を馬のような下半身の真ん中に叩き込む。


 原理は簡単だった。

 "何を起点に体を蘇生させるか"というだけで、先ほど手を伸ばした際に飛ばした自分の爪。それを起点に体を再構築したに過ぎない。

 

 しかし、古代種からすれば完全に不意を突かれた一撃になる。

 その一撃は今までの一撃よりも確実に古代種の力を削り取るはず。


『今のは効いたぞ』


 だけど、私の頬を風が撫でつけた瞬間、再び古代種が目の前に現れた。

 吹き飛ばされ、空中で身動きもとれなかったはず。なのに今古代種は目の前にいる。


 これが

 古代種。これこそが

 法則から外れた存在―――。その後私の肉体は再び蹂躙された。

 

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