第395話

「初めまして。さようなら」


 移動中にちょっかいをかけてきた連中を塵芥に変え、目的の相手に向かい歩みを進める。

 

 あくまでも優雅に。あくまでも魔王らしく。


 一歩歩くたびに襲い掛かってくるモノが塵になり、風に流されている様を見ながら、私は"それ"の前に立った。


 周囲に感じる4つの特別な気配。そのどれとも比べるまでもなく強大な存在。

 おそらく私には手に負えない。だけど、あの人に頼まれた以上、あの人に頼られた以上、私は彼の望む結果を得なくてはならない。

 

 私が初めて心を許した相手。私だけの救世主。


「会いたかったわ成功作。あなたは私の弟になるのかしら? それとも兄? 姉? 大穴で妹になるのかしら?」


 私は原初の魔王。"元"序列12位、全ての魔を支配する古代種―――"だった"モノ。

 ニンゲンの成り損ない。古代種の成れの果て。失敗と欠陥の集大成。


 力を失い、姿を失い、居場所を失い、命を失い、何もかもを失って、その残った搾りかす。


 古代種でも人間でも、ましてやもう生物でさえない。

 彼の個性によって存在を許された存在。

 

 だけど、私は今の私がとても好き。大好きといってもいい。

 彼の個性によって存在を認められているということはつまり、彼と私はつまるところ、一心同体ということだから。

 古代種のままだったらこうはいかなかった。人間になってしまっていたら彼に会うことさえなかった。

 そう考えると、"ヒトモドキ"である今の自分がとても愛おしく思る。


『貴様が何を言っているのかわからないが、あの方のため貴様を排除する』


「ふふ、いいわよね。誰かのために命を懸ける……ヒトモドキのこの私が、今は人間以上に人間らしいことをしようとしているんだもの」


 言い切ると同時に私は目の前の生物に殴りかかる。

 個性は効かない。なら直接殴る以外の方法はない。


 ―――ズドンと、私の拳を受け止めた古代種の足元の地面が大きくえぐれる。

 今の一撃は小さな山くらいなら吹き飛ばせるくらいの威力があるのだけれど、かなり余裕で受け止められちゃうのね。


『ニンゲンにしてはなかなかやるようだが、所詮は劣等種』


 振り払われた拳の風圧で私の体はチリ紙のように吹き飛ばされる。

 だけどその程度でダメージを食らうほどやわではないし、経験がないわけでもない。

 彼とともに潜り抜けてきた甘く懐かしい日々を思い出しながら、私は着地と同時に"それ"を見据え、舌なめずりをしていた。


『古代種である我にそのような視線を向けるか、劣等種』


 身の丈はおよそ25メートルほど。牛の頭に人間の上半身と、下半身は馬の用な、それでいて脚が左右に8本ほど。


 あの"戦いの神"に酷似した姿をしていると思った。


「あなたの姿、少し―――不愉快だわ」

 

 古代種自体に個性は効かない。だけど古代種以外のモノには私の個性は通用する。

 ゆえに、古代種の足場を崩し、バランスを崩させる。

 向かって左の足場が突如崩れたことで体勢の立て直しを図ろうとする瞬間に古代種の懐にもぐりこみ、みぞおちにあたる部分に拳を叩き込む。

 それだけで私の10倍以上の大きさを持つ古代種の体躯がくの字に歪み、背後にいたモンスターを巻き込みながら吹き飛んでいく。


 常軌を逸した質量の古代種がそれだけの速度でぶつかると、並みの魔物であれば簡単に砕け散ってしまう。

 別に計算していたわけではないけれど、そもそも私と古代種が戦えばその周囲のモンスターは巻き込まれてだいぶ死んでくれるのは至極自然なこと。


「私はね、実は意外と怒りっぽいの。彼とあの神との闘いは私の中で、最高にカッコイイユーリコレクションぶっちぎりの第一位なの。それをあなたは冒涜したわ。決して許してあげないからせいぜい命をもって償いなさい」



 砂煙をあげながら地面にめり込む古代種に向け、私はさらに足を進めた。

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