第394話

「なぁネヴィスさん、オクトモアはどうしてアイツらを裏切ったんだ?」


「実はですね、あの者たちは皆一度死んでいるんです。薬屋の力で復活して操られているの。だけどそもそも“非生物”の魔族は完全に操れていないみたいでね、本当の未来だと二人に大ダメージを与えて、パンペロの方は簡単に倒せるんだけど、アニバサリオのほうが覚醒を起こすはずだったの」


 その後には当然壮絶な戦いが起こり、シーバスと俺が死んでしまうのが正しい未来だったんだとか。


 いや待って、俺死んでたの? まじで? というかネヴィスさん最強すぎない? 未来視の個性持ちは何人か知ってるけどここまで未来を正確に見る人初めてだわ。


 基本数秒先とか、いつかわからないくらい先とかなのに、この人は“いつ”“どこで”“なにが”起こるのかわかるのか。


 統制協会だとこれだけで当時の俺の給料の50倍くらいもらえるぞ。

 いや俺だって仮にもクイーンだったわけだし薄給ってわけじゃないんだよ。 

 上から数えたほうが全然早いしね? だけどこの個性はやばすぎる。一発でエース内定レベル。


 昔の統制協会とは違って直接の戦闘能力以外でも評価されるようになったからこそだけど、ほんとに千器の周辺の連中は化け物しかいないのかよ。


「これで“最悪の展開”だけは回避できたわね……」


 一体エヴィスさんはどれだけ多くの未来を見ているのだろうか。

 最悪のパターン、つまり様々な条件で生み出されるパラレルワールドの全てとまでは行かないにしろ、ある程度は把握しているのだろうか。


 そうだとしたら、先程の考えは訂正しないといけなくなる。

 エースなんてものじゃない。確実にジョーカーだ。

 複数の未来を正確に観測し、分岐を操作する。言い換えれば運命を観測する力じゃないか。


「はぁ、考えちまうと、より自分が小さく感じちまうな」


「共感。本機も今全く同じことを考えてました」


 隣にいるブレアの声が聞こえる。

 こういうどうにもならない現実を突きつけられるとそうなるのも仕方がないよなぁ。なんて考えながら頭をガシガシと掻きながらブレアに目を向ける。


「でもなぁ〜」

「ですが」


 どうにも考えてることが同じみたいで、俺とブレアはつい笑みを浮かべてしまった。

 お互いに何を言いたいのかわかっているからか、ブレアがどうぞと言わんばかりに口を閉じた。


「世間一般では強者の俺たちが、更に羨む化け物が存在する。んで、そんな理解を超える化け物を従えて使いこなしちまうのが、俺達よりも遥かに恵まれない、英雄でも勇者にもなれなかった男なんだよな」


 はじめは恐怖の対象だった。

 統制協会で常に復活を危惧され、一部の既得権益を持つ連中から暗殺の対象にされるくらいにはやばいやつだと認識してた。


 そしてその認識は当たる。

 ストラスアイラを手玉にとり、俺たちが束になっても勝てそうになかった鈍色の巨人を倒し、俺たちにはできない方法で彼女を救い出した。


 だけど、その後は落胆の連続だった。

 ブレアはあいつの所有物になっており、治療してほしかったら金を払えと、所有者が俺にそういったんだ。

 あのときは本気で殺してやろうかと思った。

 だけど、あいつの本心はそうじゃなかった。

 金を用意できなかった俺は最悪千器と差し違えてでも彼女を開放しようと思ったが、現実はそうじゃなかった。


 治療費を払い終えるまで逃さないために、そう言ってあいつはブレアを俺の監視につけた。

 そして今までよりも高待遇な仕事を用意までして。

 


「ははは、あぁ、やっぱそうなんだよな」


「?」


 巨大な魔法陣を解析しているブレアが不思議そうにこちらを見た。


「いやな、男として惚れる男っているんだなって思ってよ」


 あのオクトモアという男はきっと俺なんかよりももっとあの男の凄さを目の辺りにして、そして感動しちまったんだろう。

 だからこそ、命を投げ出すことを厭わないあの行動が取れたんだ。


「―――ん〜!!!! ん!  ん!!!」


「のわっ! ちが、そういうことじゃっ! ブレア! 違うんだよ! 俺が愛してるのはお前だけで、千器はちが―――」


 何故か怒り狂ったブレアがいつものジト目と膨らませた頬で“怒ってます”という表情で何度も俺をパタパタと叩いてきた。


 流石にこのレベルの英雄のパンチは骨に響くな……


 そんな少し弛緩してしまった空気感だったからなのか、俺たちは"それ"の接近に気が付かなかった。


 壁を突き破り、にやにやした表情のままこちらに歩みを進める一人の男。

 見たことがない男だったが、しかしかなりの実力者であることが容易にくみ取れる。

 

 アニバサリオたちとの戦闘で消耗してしまっている俺たちに果たして勝てるのか。

 そんなことを考えていると、侵入者である男は口を開いた。


「おいおい……もう逃げ場がねえじゃねえか……」


 どういうことだ、と思考が過るよりも早く、その答えがやってきた。


「ダァァァァァァク、スラッシュ!!!! キエェェェェェェェェエッ!!!!」


 奇声をあげながら、先ほどの男が振り抜いた大剣を顔面で粉砕し、逆に男の顔面をぶん殴ったツインテールの女。

 服には血しぶきが付き、よだれを口の端から垂れ流しながら、完全にイッちゃってる目で先ほどの男に馬乗りになってタコ殴りにしている。


 それを見た瞬間、俺は―――いいや、俺たちは悟った。


 あれは非常に不本意ながら…………千器関係者味方だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る