第389話

「あ、えっと、ありがとうございます?」


 状況をイマイチ理解できていないままのティーニさんが頭を下げてくる。


「大丈夫です、もともとここであの人が来ることは“見えてた”ので!」


 元気よくネヴィスさんが小さくガッツポーズをしながらそういった。


 視界の隅にギタリストのパフォーマンスみたいな格好のまま意識を失ってるリアリーゼを一瞥し、俺も彼女に頭を下げた。


「すまん、まさか抜かれrとは」


「あの人は薬屋にだいぶ身体能力を底上げされてたので仕方がないです。本来なのレベルの人の気配って弱いから読みにくいんですもんね」


 確かにある程度強くないと気配を察知するのは難しい。

 しかし、俺はあの千器のように完全に気配を読み切ることはそもそもできないからこそ“勘”を大事にしているわけだ。

 だけど、ブレアさえも抜かれたことを考えると発してる気配と身体能力に大きな乖離があったのだろう。


 そう考えれば、こういう敵は千器にとって相性が最悪の敵なんじゃないかとも思う。

 旦那は気配を頼りに戦うと聞いた。気配と実力に乖離があるとその計算がずれることもあるのではないだろうか。


 ―――これは思ったよりもまずい展開になっている可能性がありやがる。


「あ、開きました! 普通に開いちゃうんですねこれ!?」


 ―――と、そんな声が聞こえ、視線を向ければ驚いた顔をしているティーニさんがあわあわしていた。


 ちょっとかわいいな。


「―――いでっ!? 何すんだお前!」


「不快。何かこうしなくてはならない気がしました」


 ブレアに脇腹をつねられ、視線を向ければジト目が帰ってくる。

 いつもの無表情というわけではなく、明らかに意図してそういう顔をしているのがわかる。


「悪かったよ。それに、俺にはお前だけいれば良いんだ」


 そう言って頭を撫でてやればいささか機嫌を良くしたようで、無表情ながら頬を少しだけ赤くしているブレア。


「お待ちしておりました。中にお入りください」


 そんな事をしていれば、茶室の中にはすでに先客がおり、メイドの格好をした女が手のひらをこちらに向けながらお辞儀をする。


 このお辞儀の仕方はかなり古い文化だが、交戦の意思がない時に獣人系統の種族が行う所作だ。

 

「すでに第二王女様は闇の精霊様と封印の間に向かいましたが、第一王女様であればこちらの中から直接転移ができるとのことでしたのでお待ちしておりました」


「あぁ、すまねえ、助かる」


 先程のこともあってネヴィスさんをちらりと見遣ったが、どうやら問題ないらしく、サムアップで返してきた。

 なんかちょくちょくわからないキャラしてるんだよなこの人。


「第二王女は大丈夫なのか? 結構厄介な連中が来てるみたいだが」


「はい。闇の精霊様がついておられますので相当なことがない限り問題ないと思います。それに……」


 言いにくそうに視線を落としたメイドの女。

 言いたいことはわかる。第二王女は良くも悪くも第二王女だ。


 つまり星穿ちを操作する事ができない可能性がある。

 こちらが本命であるとすれば、第二王女は―――囮だ。


「それ以上はもういい。さっさと俺達が終わらせれば問題ない」


 そう言いながら茶室に入る。

 事前に話を聞いてはいたが、想像よりもだいぶ狭い気がする。


 入り口で靴を脱がされ、その靴を持って畳をひっくり返した彼女の後に続く。


「こちらに転移陣がございます。ここから王城の地下にある封印の間に転移ができます」


「ありがとう“マリポーサ”さん」


 ネヴィスさんが怪しげな顔をしながらメイドの彼女に声をかける。

 いつ名前を聞いたんだろうかとも思ったが、彼女の力であればそれを知ることもできるのだろうと思いあまり気にしないことにした。


「ありがとうございます」

 

 少しだけ驚いたように目を見開いたマリポーサさんだが、すぐに表情を作り直し、背筋を伸ばした。


「それと―――これは“あの方”からの餞別です」


 そう言ってマリポーサさんはあからさまに“押したらダメなタイプのボタン”を押してみせた。


 直後、立っている事ができない程の揺れが襲いかかり、何があったのか大体を理解してしまった。


「では皆様、向かいましょう」

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