第384話

 そこからの動きは早かった。

 迫りくる魔物達とユーリたちは衝突し、そこらじゅうで戦いが再度始まった。

 その中でユーリは戦いを繰り広げる仲間の間を縫うようにして一つの場所に向かい走り続ける。


「さっさとあの薬屋をぶち殺してこの戦いを終わらせねえとやべえぞ」


 当初ユーリが想定していた相手の戦力とあまりに乖離がある。

 そのことがユーリの不安を駆り立てていた。

 油断などではない。満身もなかった。しかし、それ以上にあの薬屋の執念と、“千器の帰還”を狂信的に信じて疑わず、行動し続けてきたその盲信がユーリの想像を遥かに上回っていたのだ。


 ユーリは誰よりも時間をかけ、自身の人生の絞りカスさえも生き残ることに費やしていた。

 それは普段仲間にじゃれ合いでこづかれるときでさえ、相手の動きや筋肉の使い方にまで気を配っていたほどだ。

 それだけの覚悟と、それを実行する意思が大塚遊里を後の千器へと至らしめた。

 しかし、そもそものスペックが段違いに高い薬屋が、ユーリ並みの努力を500年続けていたのだとしたら……

 

 誰よりも速くユーリの帰還の可能性を見出し、その時のために動き続けていたのだとしたら、それは如何にユーリと言えど“想像もできない”レベルで物事が悪化するのも納得せざるを得ない。


「―――邪魔なんだよクソがッ!」


 眼前に躍りだしてきたクローン英雄と鍔迫り合いに成り、その足を止められたユーリだが、今までのようなどこか飄々とした印象は少し薄れてしまうほど焦りが見え隠れしていた。


 切り込んでくるクローンの攻撃を回避し、数度剣をぶつけ合う。


 ―――本来のユーリからすればすでにこの段階でおかしいことだった。

 

 本来のこの男であれば“動く気配を出しそうになった”段階でカウンターを決めている。 

 カウンターという技の根底を覆すような技だが、しかしそれは確かにカウンターである。

 だが、今のユーリはそのタイミングを“外して”しまっていた。

 外れたタイミングをギリギリのところで修正し、鍔迫り合いに持ち込みはしたが、相手は英雄なので当然力でユーリが勝てるはずもなく、そのまま薙ぎ払うようにして地面に転がされてしまう。


『―――千器ともあろう人がその程度で何をされているんですか?』


 とても楽しげに、今までに無いほど愉快だというようにどこからか聞こえる薬屋の声。

 それに対し、怒りを隠そうともしないユーリの怒号が響いた。


「てめぇいい加減にしやがれッ!! どこまでやりゃ気が済むんだ!!!」


『―――世界の滅亡です。あなたが私を止めない限り、私は世界が滅亡するまでこのまま暴れようと思います。あなたのこの世界での故郷も、仲間との思い出も、その家族も末裔も、全て“あの巨人の国”のように滅ぼして差し上げましょう』


「クソ野郎がッ!!! てめえのせいで何人死んだと思ってんだよ! おい! あぁ!!!? コラァ!!!」


『良いですね良いですね! 最高ですあなたのその顔が見たかったんです! あの女を殺したときと同じ、その顔が!!! あぁ、千器、あなたは必ず帰ってきてくれると思ってました! なぜなら、この私がまだ生きているんだから! 私とあなたはどちらかが死ぬまで殺し合う運命なん――』


 恍惚の表情で語り始める薬屋に対し、ユーリは最初こそ憎悪を隠そうともしないような表情をしていたが、『なぜなら』辺りから急に顔から力が抜け落ち、しまいには鼻くそをほじり始める始末。


 その様子を見てしまった薬屋は先程までの恍惚とした表情が凍り付き、過去の経験則からか、血の気がサッと引いていくのを感じた。


 そうだ、そうなのだ。この男に“時間”を与えてはならなかったのだ。

 知っていたはずなのに、骨身に染みて理解しているはずなのに、この男は手を変え品を変え、様々な方法を駆使して時間を作るためにコチラに“余裕”を与えてくるのだ。


「ん? あぁ、ごめんごめんちょっとまって、えっと……そうだそうだ―――この野郎! お前は人にどれだけ迷惑かけたらキガスムンダ! カムサハムニダ! オンドゥルルラギッタンディスカ!」


 信じられない大根役者っぷりを見せるユーリに、薬屋の理解は追いつかなかった。


『―――ど、どういうことですか』


「ん? いやね、お前がそういう性格なのもう知ってるし、俺がブチギレたら確実に俺の事見に来るじゃん? その間に“本当の第一王女”をGETできたからもうめんどくさいことやるのやめようって思って。それにもう後半ボキャブラリーなくってさ、おい! とかしか出てこなかったし。いやぁまじ自分のボキャ貧っぷりキツイっすわ~」


 あっけらかんと言いながら、先程“意図的に”外していたタイミングを今度は確実に合わせ、斬りかかってくるクローンをバラしたユーリ。


 その瞬間、いつものあの表示に戻り口元をニヤつかせながら言い放った。


「さて、これで“星穿ち”は使えねえぞ薬屋」

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