第383話
今回の事を知っていたのはストラ・スアイラのみのはず。
さらに言えば、薬屋に感付かれないように動くためにストラス・アイラは必要最低限の仲間にのみその情報を共有し準備を進めさせていた。
だからといって、ここまでの準備は確実に不可能なはず。
「手紙が来たんだよ」
京独綾子はユーリの隣に位置取りながら彼に谷間から引きずり出した一枚の封筒を見せた。
「ここには全てのことが書かれていた。薬屋という敵のこと、今日何が起こるのか、そして私に何をしてほしいのかがな。生憎と差出人の名前は書かれていなかったんだが、心当たりはあるのかい?」
取り出された封筒を見たユーリの顔は最初驚愕に染まっていたが、それが次第に呆れたような、しかしどこまでも嬉しそうな表情になっていた。
「―――あるよ」
つまり、“あいつ”がこの奇跡を起こしてくれたのか。
そんな事を考えながら、未来を見てしまう能力に翻弄されていた彼女を思い出し口元をわずかに緩ませるユーリ。
「ほんっと、なんでみんな俺なんかのために……」
「そんな君だからじゃないかな。少なくとも私はそこでその言葉が言える君だから力に成りたいと思っているよ」
そんな事を言いながらキメ顔を作る彼女に向かい、ユーリは全力のジト目を向ける。
「うそつけ」
「まあ嘘だけどな」
ふふっと、気がつけば二人共笑みを浮かべていた。
そして何か合図があったわけでもないのに二人は、いやこの場にいる全員が迫りくる“敵”に視線を向けた。
『随分と予想外のシナリオが追加されてしまいましたね』
心底めんどくさそうにそういう薬屋の声とともに、かつて千器を名乗り、陣筒術を使っていたあの男と酷似した外見の者が溢れ出してきた。
その者たちは確実に薬屋の個性で作られたクローンだろう事がわかる。
魔物の群れに、一人一人が英雄クラスの力を持つあのクローンの集団。まさかこれ以上の戦力を持っていたのかと驚きつつも、今のこの戦力ならなんとかなると言う考えもあった。
「統制教会とチョコチ、エヴァン、会長で古代種を抑えられそうか?」
ユーリの問いかけに若干不安げな顔を見せるも四人は大きく頷いた。
おそらく戦力として抑えておくことが精一杯だろうと予想される。
如何に過去いくつもの修羅場を共にくぐり抜けた仲間たちであろうと、古代種はそこまで甘くはない。
エヴァンが如何に強力だろうと、シグナトリーが如何に多彩だろうと、ストラスアイラが如何に反則級だろうと、古代種という存在はそれらを容易く凌駕していく存在だった。
ユーリの過去の経験では、序列持ちを足止めは厳しい。あれは脱出不可能な場所、例えば自身が作り出す“戦場”のようなところに閉じ込めて戦わなくては何かを守りながらの戦闘などできるはずもない。
むしろ早い段階で古代種の存在に気がつけたのは僥倖だったとも言えた。
これにより、ユーリもためらわず手札を切れる。
「―――来い、マッカラン」
この段階での秘密兵器の投入である。
周囲の影が一瞬濃くなったような錯覚を引き起こしながら、1メートルほど前方の空間が湾曲し、光を飲み込み始める。
次第にそれは色を濃くしていき、最終的に向こう側をミルことさえも不可能な完全な闇が生み出される。
そしてその中から突如陶器のように白くしなやかな腕が現れ、その空間を広げていく。
「―――待たせちゃったかしらユーリ」
「毎回毎回登場が派手なんだよ」
先程の一部始終を見ていた者と、見ていないものまで今しがた現れた女の放つ埒外の力に息を飲んでしまった。
―――あれと戦ってはいけない。
そう本能が警鐘を鳴らす中、どうやら味方だということだけは理解できたようで、まだ本隊の接敵まで若干の猶予がある300万の魔物の群れよりも先に、目の前の女一人に対し恐怖が湧き上がってしまった。
「マッカランは序列持ちの相手を頼めるか? ちょいときついと思うがなんとかしてほしい」
「ふふ、この魔王に任せなさい。この場に来たこと、いいえ、この私のユーリの敵になるということがどういうことなのか、存在そのものに教え込んであげるわ」
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