第380話

 ユーリは今までに経験した絶望を思い浮かべていた。

 その中で最たるものは当然の如くあの“モンテロッサ”であっただろう。


 単騎で統制協会の最高戦力三人をぶち殺し、3000を超える英雄を虐殺し、1500に登る勇者を踏み潰した。

 正しくその強さは戦の神と呼ばれるに相応しいものであり、一柱で地形さえ変えられる力を有していた。

 

 ユーリはこちらに向かい進行を始めた行軍に視線を向けながら思いにふけっていた。

 

 あの神との戦いほどに絶望したことがあるだろうか。

 当たれば跡形もなく即死。当たらずとも攻撃から発せられる衝撃波のいなし方を間違えれば即死。綱渡りなんてレベルではない。わかりやすい例えを上げるのであれば、数キロ先の針の穴に糸を通すような作業。しかも一度ミスすれば即死という緊張感もあった。


 全ての武具を取り上げ、過去最上級と言っても過言ではない戦場を展開し、アーティファクトを総動員し、5000人近い英雄や勇者たちの残した魔力をフルで使い、それでも最後にモンテロッサはその全てさえも覆してユーリに拳を届かせてみせた。

 

 あの最後にモンテロッサが繰り出した一撃を、ユーリは目を閉じるだけで今でも鮮明に思い出すことができる。

 忘れることなどできない。数十年たった今でさえあの拳が迫りくる恐怖を思い出すことがある。

 

 他の古代種の攻撃も当たれば即死、その点に関しては同じことだった。

 しかし、あの拳だけは違う。あれだけは他の連中とは完全に一線を画していた。


 細く息を吐きだしながらゆっくりと目を開いたユーリの体からはもう震えが消えていた。


「俺のダチ公は死んだ後も俺のケツを蹴り飛ばしてきやがるのかよ」


 それどころか、迫りくる圧倒的な絶望に対し笑みまで浮かべるほどだった。


 300万の魔物、それに5体の古代種。

 5体の内4体はナンバーレスだろうが、1体だけ一際やばいのが混ざってる。

 あれは確実に序列持ちだろう。

 

 そこまで考えてなお、ユーリは笑みを絶やさない。


 すでに背後の戦士や冒険者後方で打ち漏らしをカバーする名目で逃げ出している。

 つまりこれから先の戦いは307万+古代種5体VS英雄でも勇者でも無い凡人1人。


 勝ち目など全くないと言っても良い。勝ち筋さえ見いだせない。生き残ることさえ通常であれば不可能。

 

 数でも質でも勝る相手に勝つ方法はまともな方法ではない。

 しかし、まともではないからこそ、ユーリはここまで生き残ってこられた。

 まともなことなど思い起こせば今までに一度もなかった。


 召喚され、遭難し、キャロンと出会って、戦える力を身に着けた。それから様々な出会いと、そして別れを経て、大塚遊里はここにいる。


 ―――そもそも、最初から普通の異世界召喚ではなかったのだ。


 思い出せば思い出すほどおかしさがこみ上げてくるユーリ。

 ついには声を殺すことも諦めて大声を出して笑い始めた。


「はっはっはっはっ! あぁ、そうだそうだ、俺ってやつは本当に……ちょっと離れてただけでここまで“弱くなってる”とはなぁ」


 折れかけていた心を、自力で立てなおしたのだ。


 神剣を握り直し、射出機を消し、左手には50センチほどの刀身の剣を握る。

 

「絶対負けるなって……言われちまったしなぁ、仕方ねえよなぁ」


 今までコツコツと作っていた符を大量にばら撒き、一斉に起動する。


「陣術:激流陣、豪炎陣、岩槍陣、樹解陣、金剛陣」


 ユーリの言葉に反応するようにばらまかれた数千に及ぶ符が5つの塊に分かれていく。

 そしてその塊からはそれぞれを象徴するような色の光が溢れ出す。

 激流陣からは水色の、豪炎陣は赤色、岩槍陣からは土色、樹解陣は緑色、そして金剛陣から黄色の光が。


「五行相生:月虹」


 浮かび上がり、五芒星をかたどっていた符が回転を始め、全ての陣が隣り合う陣の力を急増させ、その力が一つに纏まり、、中央にまるで月のような色の光と、その周囲に七色のオーロラのような物が生み出される。


「こいつは俺のとっておきだ。クソ野郎ども」



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