第376話

「ローズ、後頼む」


 そう言ってユーリは仮面をかぶり、左手に射出機を装備し、右手に神剣を持つ“千器本来の姿”になった。

 

 それを確認したローズはハーシュのもとに行き、一枚のメモをハーシュに渡す。

 それを見たハーシュは目を見開き、振り返ること無く押し寄せる魔物の大群に向かって歩みを進めるユーリの背中を見遣った。


「うそ……」


「全て事実ですわ。だからこそ、“この旅”でハーシュ様があの男と出会い、行動を共にし、そしてここにいるんですの」


 ハーシュの役目はたった一つだった。

 その歌声でこれから戦いに出るものを鼓舞する事。


 しかし、それだけではこの戦力差を覆せない。

 そこでユーリが考えたのが自分自身が“千器”だとバラすことだった。

 

 そうすれば多少なりとも戦う者たちの士気は上がるし、ギルドの連中も千器という名前、そしてユーリの今の姿を無碍にできない。


 ユーリの思考すべてが記されたメモを手に取り、完全なお膳立てを経て、今歌姫の声が王都に響き渡った。


『王都の皆さん、私はハーシュ・リザーブです。今王都に魔物の大群が迫ってきていることはご存知かと思います。怖いと思います。恐ろしいとも思います。自分だけでも逃げ出したいとも、正直思います。だけど、お願いがあります。今英雄でも勇者でも無い私の友人が魔物と戦いに行きました。それはこの国を、この王都を守るためです。彼の名前は……千器。皆さんも知っているあの千器です。勇者として呼び出され、力も与えられず、それでも戦い続けた私のとても大事な友人です。そして、この国にはそんな彼を尊敬する人や、憧れる人が多くいると私は知っています。どうか、お願いします。これ以上彼を一人で戦場に送り出さないでください……彼に一人で背負わせないであげてください……冒険者の皆さん……安全な狩りの方法が確立されたのは誰のおかげですか? 各々の力に見合ったランク付けがされたのは誰のおかげですか? 魔物の詳細なデータが調べればすぐに手に入るようになったのは誰のおかげですか!? 昔よりも格段に安全に、そして確実に狩りをして家族を養えているのは誰のおかげですか!! 冒険者の皆さん、安全は楽しいですか? 心躍りますか? ワクワクしますか? 胸が高鳴りますか? もうやめにしましょう。 冒険者の皆さん、そろそろ“冒険”をする時間じゃないですか? 皆さんの力が必要なんです。そして皆さんの力があれば、きっとこの状況を打破できる! だから私は今、最前線の外壁門にいます。そこで皆さんに声を届けてます。私に戦うことはできないけど、でも最前線で皆さんを鼓舞するために、ここで歌い続けます。明日歌えなくなろうと、これから先、未来永劫声を失ったとしても、私は今日ここで歌い続けます。それが私の冒険です――――さぁ、冒険者の皆さん、騎士団の皆さん、戦う力を持った全ての皆さん、私と一緒に今日、冒険を始めましょう!』


 長いようで、たった数分にも満たない演説。

 最後一息に言い切ったハーシュの言葉が終わった時、周囲から音は消えていた。


 誰も反応しない。誰も冒険をしようとしない。そういうことではない。ただ、“1番”に駆け出す勇気がないだけだ。

 だからこそ声を上げられない。それがここの人間の本質だから。それが安全という鎖でがんじがらめにされ、冒険を忘れた王都の冒険者たちだから。


 その状況に、ハーシュは目を伏せ、全身から力が抜けていくのを感じていた。


 しかし、そんな静寂を破ったのは予想外なことに、ジーンズに赤いチェックシャツを着た男たちだった。


「愛のままに我がままに僕は君だけを切りつけぬぁいッ!!」


「愛のダンガンもっとたくさんばらまいてくれぇぇぇ!!!」


「あの子は海洋のKomachi enngeru!!!」


「いらない嫁も捨ててしまおう君を探し彷徨うMyソゥ……ソゥ? ソゥ? ソゥソゥソゥソゥ」


「「「「ウ・ル・ト・ラ・ソゥ!!!! はい!!!」」」」


 完全に仕込みのサクラたち(錯乱)だった。


 

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