第370話

「千器様、こちらも準備が整いました」


 いつの間にかユーリとエリザと並走していた黒鉄の団長が恭しく頭を下げる。

 二人共最高位に近い英雄であり、そこらの英雄では相手にならないほどの強さを持っているが、それでもこれから戦うであろう“敵”からすると戦力不足感が否めない。


 思考を一瞬で済ませたユーリは二人にも外からくる敵の討伐に参加するように指示を出し、再びユーリは一人になった。


 厳密に言えば、一人と“一冊”という状況ではあるが。


『相当やばいことがはじまるんだろ。じゃなけりゃ俺様を予め呼んでおくなんてしねえだろうしよ』


「クソトイレットペーパーのくせにそういう空気だけはしっかり読めるんだな! 今回の戦いで死んだらちゃんと再生紙として俺のケツを拭き散らかしてやるよ」


 冗談を言ってはいるが、先程までよりも明らかにその視線は鋭さを増していた。

 それは叡智の書とて同様のようで、今のような軽口に対して言い返さないのもユーリが空気を変えるためにわざとそうしているということがわかっているからだった。


『少し昔話に付き合えクソ野郎』


「仕方ねえな」


 長い時間を共に過ごし、誰よりも濃密な戦場を共に駆けてきた二人には、他の“武器”とはまた異なった関係性があった。

 それこそ、武器、秘密兵器、パートナー様々な関係の者が今までに現れたが、“相棒”といえば叡智の書と神剣になるだろうとユーリは内心で思っている。

 内心で思うだけで決して口に出すきはないが。


『知っての通り俺様は神代最高最強の魔法使いだった』


「自惚れすげえな。パチ屋のポケットティッシュが鼻セレブ語ってるようなもんだぞ」


『意味はわからねえがどうせろくでもねえことを言われてることはわかったぞ!? まあ良いから聞きやがれ』


「うぇーい」


『俺様はな、さっきも言ったがすげえ魔法使いだったんだ。誰も俺様に勝てないと思ってた。だけど世の中には今で言う古代種なんて化け物共が溢れてて、少しだが当時は堕ちた神もいてな、そんな最高最強の俺様でも勝てねえやつがいたんだよ』


「知ってるよ。“最初の勇者パーティ”の賢者様だったんだろお前」


『へへっ。知ってるなら話が早ぇ。そうだよ。俺様が世界に“羅刹の魔女”システムを構築し、あの神王ノスト・ガウリエラをぶっ殺して神代を終焉に導いた勇者パーティの賢者様だ』


 今の言葉を聞いてもユーリは驚かない。

 なぜなら予想していたからだ。状況によってはキャロン以上の魔法を悠々と使いこなすこのいかれた魔導書。それがまともな存在であるはずがない。

 それに、“最初の勇者パーティ”に関係するものがユーリの周囲には多くありすぎた。

 神剣、叡智の書、例の魔法を無効化する剣、そしてこの一張羅。全てが神代のものか、神代の素材が使われている。

 

 当然それは偶然ではない。

 特に一張羅に関して言えば、当時の黄金の聖女と呼ばれていたただの守銭奴聖女からだまし取った“最初の聖女”の法衣と、古代種の核の合成で作られたものであり、神剣は、こんな意味のわからないカラーバリエーションの剣が二本もあるはずがなく、“最初の勇者”が使用していたものだということも突き止めている。


 そんな最初の勇者パーティとは、最初の勇者、最初の賢者、最初の聖女の3名で構成されており、その三名が神を生み出す神である神王ノスト・ガウリエラの神滅を成功させた。


 それこそが、今この時代で知るものがほとんどいない神代の終焉。

 ノスト・ガウリエラの消滅と同時に世界は寵愛を与えるようになり、加護を持つ者が爆発的に増え、人類の基本的な能力全てが飛躍的に上昇した。

 

『神王討伐後にな、俺様と聖女は元いた場所に帰って、そこで俺は古代種に負けて封印するしか無くてこうなっちまったわけだ』


「古代種と竜王相手に二匹とも封印とか頭おかしいよお前」


『それを二匹とも殺したお前は頭おかしいなんてレベルじゃねえだろ』


「あれはキャロンの水洗トイレ作戦が成功したからだな」


『まぁ、あの嬢ちゃんには俺様が作った面倒な役回りをやらせちまって申し訳ねえと思ったが』


「あぁー、まあ大丈夫じゃね。あいつあれで意外と面倒見良いんだよ」



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