第369話

 対峙する“勇者になれなかった男”と、“勇者をやめた男”。その手には相手を殺すための武器が握られ、戦闘の開始を今か今かと待ちわびているようだった。

 次第に膨れ上がる緊張感から、勇者をやめた男である神崎刀矢の額から汗が流れ落ちる。


「えっと、ごめん、どこから突っ込んで良いのかわからないんだけど……一応念の為確認させて? “それ”で僕の闇の聖剣と打ち合うってことでいいんだよね?」


「おう! どんと来いや!」


「ふふふ、これこそ剣精と剣、そして担い手の三位一体! この状態の私に不可能はないわ!」


「ほんっとにごめんなんだけど、ちょっと胃薬と頭痛薬だけ飲ませてもらっていいかな……なんかもう辛くて……」


 大塚遊里の持つ武器から放たれる尋常ではないオーラに当てられたのか、神崎は戦う前からすでに体調が悪くなるほどのプレッシャーを感じ取っていた。


「はぁ、僕はなんでこいつと戦うことになっちゃったんだ……」


 早速後悔の念を口にした彼は、なぜこんなことになってしまったのか思いを馳せた。


 時は少し遡り、空からうんこが降り注ぎ、誰も外出をしようとしなくなってしばらくたったある日、大塚遊里という頭のおかしい男が王城に殴り込んできた。

 

 それの対処に王城に詰めていた戦力の全てが彼を迎え撃つために出動したのだが、同じく城内で静観を決め込んでいた黒鉄騎士団、聖十字騎士団の一斉蜂起により大塚遊里を止めること叶わず撃沈した。

 

「千器様、邪魔者の排除完了しました」


「おぉ、ロリコン(姉)じゃん、サンキュー助かったよ」


「あぁー、えっと、なんていうかその……はい」


 何かを諦めたような顔で力なく頷いた聖十字騎士団団長のエリザ・トラストは更に報告を続けた。


「場外から未確認の勢力がこちらに進行しているとの情報がありますが、いかがされますか」


「あ、それ敵だからぶっ殺してOKって言っても相手はおそらく全員中位の英雄クラスだからまともに戦えそうな連中だけ残してほかは避難誘導とかうまいことこの街から追い出してほしいんだよね」


「この街からですか……?」


 移動しながらではあるが、ユーリの方に顔を向け小首をかしげるエリザ。その姿は人妻だからなのか妙な色気をはらんでおり、当然先程からユーリは顔など見ずエリザの胸部をガン見しながら胸部と会話をしている。

 

「そうそう。このまま行くとたぶんこの街なくな―――ゔぁっるぁっしゃい!?」


 当然前を見ず胸部に夢中だった基本スペック一般人のユーリに前を見ないで走ることなんかできるはずもなく、柱に衝突の後地面をのたうち回ったのは言うまでもない。


「あぁぁえええっ!? せ、千器様っ!?」


「ちくしょうこんなところにも伏兵が……」


 その言葉に表情を一瞬で鋭いものに変えたエリザは武器を取り出し、ユーリを守るように背を向け周囲の警戒を始める。


「まさかこの私でさえ感知できない手練れがいるとは……」


 無駄に真面目に周囲の警戒をしているエリザに対し、煩悩という伏兵に手痛い一撃を見舞われたユーリは自分の周りをくるくると移動するボリューミーなパンツスーツの臀部と、若干浮き出て見えるパンツラインをしばし堪能した後、ゆっくりと立ち上がった。


「もう大丈夫だ、やつは一旦姿を隠したようだ」


 直訳すれば、このバカのムスコがテントを張り始めたので立ち上がろうにもなかなか立てなくなってしまってたが、それがようやく収まったということだろう。

 

 ユーリは流石に今はそこまでふざけるわけにも行かないと思い、仕方なく脳内で、小学校の頃に飼っていたグッピーが死んでしまった日のことを思い出し、なんとか猛り狂う性剣を収めることに成功した。


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