第366話

「それと、あんたに渡しておきたいものがあるのよ」


 若干声色を変えてそう言ってきた変質者に、カリラは少しだけ警戒の色を強める。

 だいたい話の流れ的にこういうところで渡されるのは後々必ず必要になる“キーアイテム”であることが多い。

 カリラもそれを無意識ではあるが理解しているのか、その顔から緊張がうかがえる。


「はいこれ、あんたに」


 そう言って変質者が取り出したのは黒い箱だった。

 厳重に封印されているというわけではないが、その黒い箱に施された刺繍は鮮やかで、黒い箱によく映える金色の刺繍だった。

 この刺繍が何を意味するのかわからないが、それでもおそらくこの箱だけを取っても芸術的価値のあるものだと感じた。


「開けてみなさい」


 こころなしか目の前の相手もどこか緊張している様子だった。カリラもその事に気が付き、神妙な面持ちで箱を開封した。


「おでんを作ったの」


 ―――本気で殺そうかと思った。


 カリラは溢れ出した殺気をなんとか押し戻し、黒い箱―――もとい弁当箱に蓋をした。


「ちょっとなんで閉めちゃうのよ! どうせなら食べて感想とか聞かせてちょうだいよ! こう見えて私意外とそういうの気にするんだから!」


 目の前でギャーギャー騒ぐ謎のローブにそろそろカリラの我慢が限界に達し掛けていると、何故かそこに童亭のオーナーでもあるエヴァン・ウィリアムズが店に入ってきた。


「ブリッジ殿〜どこにいるのだよ〜」


「おっエヴァン! こっちよこっち! 今あの女の生まれ変わりと話してたの」


「おお! 相変わらずお元気そうで何よりなのだよ! それとカリラ殿も久しぶりなのだよ」


 エヴァンとは言わずと知れたカリラの“バカ主人”のクランメンバーであり、そのエヴァンが気安く話す存在は数少ない。


 その時点で目の前のフードがあのクランのキャメロン・ブリッジだということは理解できた。

 ということはその“ドキドキ☆ハーレムランド”とか言う人間性が肥溜め以下のような命名センスの場所はカリラのバカ主人に関係のある場所で間違いないだろう。


 そこまで思考し、大きな大きなため息を吐き出したカリラはやれやれと言った様子で肩を竦めながら口を開いた。


「そのいかれた場所の説明と、今あのバカ主人がどうなってやがるのか、あとはあんたらが知ってること洗いざらい吐き出しやがるってなら同行してやりますよ」


 長い話になるだろうな。そんなことを想像しながら荷造りに行こうとしたカリラの手をキャロンが掴みとめる。


「ドキドキ☆ハーレムランドはユーリの領地の名前。あんたはユーリの“パートナー”の生まれ変わり。これから戦う相手にはあんたの協力が絶対に必要。これで満足よね! じゃあ行くわよ! 【転移】」


「―――は?」


 想像の500倍くらい簡潔にまとめられた内容と、多少長くなるであろう旅の中で語られる知られざる真実……みたいなことを想像してたカリラ。

 しかし、実際の移動は2秒以下、内容は簡潔すぎる物。事実を脳みそが処理することはできてもこの自体を理解することに非常に時間がかかった。


 まばゆい光の後に目を開けたカリラの前に広がっていたのは、明らかな廃墟。

 それに転移で移動したこちらに明らかに殺気だった視線を向けてくる。

 

(そういや前にあのバカ主人が王都で世話になったとかいってたメイドと話しやがりましたが、ここが襲われて奴隷にさせられたとか言ってやがりましたね)


 そんなことを思いながら再び視線を巡らせれば―――

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