第363話

「報告、内乱が一時沈静化した模様。おそらく……」


「あぁ、そうだろうな。こんなふざけた方法で内乱を止めちまうのはあいつくらいだろ」


 内乱が起こっていた各地で超局地的な天変地異、その後王城と新王派の拠点が爆破、最終的に空から尋常じゃない量の馬糞が降り注ぎ内乱どころではなくなってしまい、今は馬糞の雨のせいで誰も郊外まで出ようとしない状況になり、歴史上類を見ない程最低最悪な停戦状態が訪れた。


 ブレアからの報告を聞いた統制協会の元クイーンであるスペイサイドはもう笑って良いのか呆れて良いのかわからないような困ったような顔をしていた。


「指摘。口角が上がっております」


「はは、だってそうだろ……うんこが降ってくるから戦えませんって……」


 困っているような顔のままではあるが、あのメチャクチャな男ならそういうこともあるだろうとついつい笑みが浮かんでくるのだ。


 岩場に腰掛け、眼前に広がる惨状に一度目を送り、今度は懐から取り出した一通の手紙に視線を落としたスペイサイド。


「あ、あの……」


「おん? あぁすまん少し考え事してた」


 声を掛けてきたのはギルドの受付嬢をしていたあの女性だった。

 そのすぐ隣ではシーバスが大の字に倒れ、息を切らしている。


 そして更にその奥では……


「あの英雄たち……皆同じ顔をしてました……」


「あぁ、そうっぽいな」


「驚かれないんですか?」


「ん? そりゃまあな。戦ってる最中に気づいてたからな」


 スペイサイドはそう言い、戦いとは言えないほどの先程までの“虐殺”を思い出していた。


 一人一人の戦闘スタイルは違ったが、基礎的な動き、想定外に対する行動、そして各関節の可動域など全てが共通する。

 だからこそ同じ人間、あるいは“同じベースから作られた人間に酷似したナニカ”だろうとあたりを付けていた。

 その思考は彼の統制協会で身につけた経験からくるもので、統制協会が対峙する驚異とは“そういうもの”と戦うことも少なくなかった。


 統制協会の強さの序列は下から2から10までをナンバーズと呼び、その上位にジャック、クイーン、キング、エース、ジョーカーといった構成だ。


 一般的な英雄が2(デュース)から始まるのを考えればクイーンというのは確実に普通の英雄たちの雲の上の存在である。


 故に、シーバスがあれほど苦戦し、最終的に圧倒的な戦力で絶望させられた相手を観察し分析し余裕を持って壊滅させたスペイサイド。


 更にそのスペイサイドより強力な力を持っているブレア。今回はブレアは戦闘に参加せず王都の状況を探りに行っていたのだがあまりの激臭と突如降り注いだうんこに調査は多少難航したものの、なんとか情報を持ち帰ったのだ。


「そう言えばあんたらの事聞いてなかったな」


 スペイサイドはタバコを一吸いし、手紙を懐にしまいながら腰を上げた。


「あ、はい、私はギルドのランバージャック支部で受付と周辺業務をやっているティーニと申します。あちらの方は……」


 そう言って地面に倒れるシーバスをティー二が紹介しようとすると、シーバス本人がその声を遮った。

 

 寝転がった状態ではあるが、強い口調で、乱れた息のまま声を上げた。


「俺は次期千器のシーバスだ! 覚えておけ!」


「「………」」


 シーバスが言った“次期千器”というのはギルドやその周囲が言っている内容なのだが、シーバス自身も千器に対し強いあこがれを持っているからこそ自分のケツを叩く意味も込めてそう名乗っているのだ。


 しかし、その次期千器という言葉を聞いたスペイサイドとブレアはお互いに目を合わせ、そして同時に吹き出してしまった。


 確かに伝説上の千器はかなり脚色され、普段の過激すぎる言動をごっそり削ぎ落とし、性格も雪印コーヒーよりもマイルドにしたもので、多くの人が憧れることは否定できないが、彼らが知っている“ホンモノ”は喧嘩を売ってきた貴族にうんこを投げ付け、挑発し、うんこ付きの手袋で顔を殴って失神させたり、自分の上司の目にタバスコを掛けたり、ブレアにほれられるために命がけで彼女を助けたくせに、さっさとブレアをスペイサイドに預け、素直に色々言えない男なのだ。


 ただ、ホンモノはそんな物を全て抜きにしても“伝説以上”に心を震わせる男でもあるが。


 その二つの姿のギャップを思い出し、かっこいいとも思うし、尊敬もできるが、決して“成りたい”とは思えない人物だったのだ。


 だからこそそんな彼の言葉を聞いてついつい笑ってしまったのだ。

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