第354話
『みんなー! 来てくれてありがとうー!』
ライブ中は本当に完璧美少女なんだけど、どうにもライブが終わると手負いの獣みたいになるから女ってやつはよくわからない。
そんなことを漠然と思い浮かべながら、観客席モドキに集まっている連中に視線を向けるが、どうにもここには新王派が多いみたいだな。
それだけではなく当然もとからここに住んでる連中もいるのだが、ライブが始まった当初は死人みたいな顔してたくせに、今では随分といい顔をしてやがる。
今でもたまにあるが、ハーシュは自分には歌うことしかできないとよく言うが、逆を言えばあいつの歌には戦争中のやつらでもここまで顔色を変える力がある。
なにかの特殊な個性かとも思うほどの力だ。
『じゃ最後! いっくよー!』
最後の曲が始まった。
今日は特に何も問題なく終わりそうだな。そんなことを思いながらハーシュの楽しそうな姿と、それに引っ張られるように、戦争のことを無理にでも忘れようとしているような連中が今日一番の盛り上がりを見せる。
しかし、ライブの盛り上がりが最高潮に高まった頃、それは起こった。
「―――シッ!」
「キャッ!」
観客の誰かがハーシュに向かって石を投げやがったのだ。
しかも、当たってちょっと痛いなんてレベルのものではない。
決して速いわけではないが、英雄でもなく、個性を持っているわけでもないハーシュに当たれば間違いなく大怪我となってしまうような速さと大きさ。
凡そ一般人が全力で投げつけたくらいの速さだろう。
流石に俺がそのまま見てるなんてことはなく、投げナイフで石を撃ち落とし、ハーシュは無事だった。
だけど会場は一瞬で静まり返ってしまった。
「大丈夫か」
「あはは、ごめん……」
腰を抜かしてしまったハーシュに駆け寄り、手を差し伸べつつ、石を投げたと思われるやつに視線を送る。
そいつは女だった。
小汚いワンピースを身にまとい、涙を流しながら逃げることもせず未だにハーシュに鋭い視線を向けている。
「私の家族が命がけで戦ってるのに、歌なんか歌うなっ!」
大声でハーシュにそういった女。
その表情からもわかるが、家族がこの戦争で徴兵されて未だに戦っているのだろう。
そんな人がいる中で、ワーワーキャーキャーと楽しそうに騒ぐなんて不謹慎だろとでも言いたいのか。
「お前が戦場にいけ! お前が徴兵されればよかったんだ! こんな時に騒いで戦ってる人に失礼だと思わないのか!」
続けざまに投げかけられる言葉に、周囲の人間の顔色まで再び暗いものになっていく。
あぁ、これはダメだ。このままでは良くない。そう思ってテコ入れをしてやろうと思ったが、ハーシュに先手を越されてしまった。
「これから何があっても私を守ん無くていい。少し離れて」
顔を伏せたまま言ったハーシュ。しかし、その声には自暴自棄になってしまったような気配は微塵も無く、それどころか先程までよりも力がこもった声だった。
「仕方ねえな。無理すんなよ」
「ごめん、多分無理する。でも手出ししないで」
その言葉に対し、俺は黙ってうなずき、壇上を降りた。
これから先は命に関わること以外、俺が手出しすることはない。
これはあいつの覚悟だ。ここがあいつの戦う場所なんだ。
そう思ってしまうともう俺自身も止められない。
彼女のこの後がどうしようもなくみて見たくなってしまったのだ。
『ごめんなさい。あなたの言ってることは正しいと私も思う』
ハーシュがマイクを使って語ったその言葉に会場がざわめき立つ。
『だけど、私には“これ”しかないんだ。すごい力なんて持ってないし、頭がいいわけでもない。私には歌しかないの』
「だからなんだって言うのよ!」
再び投げられた石は先程よりもいくらか威力は弱い。
しかしこれは間違いなくハーシュに当たるコースだ。それはハーシュもおそらくわかっているだろう。
だけど、あいつはあえて避けなかった。その気持さえも受け止めると言わんばかりにしっかりと石を投げた女を見据え、石がぶつかってもよろめくことさえ無くその場に立ち続けた。
そのせいで頭部が切れたのか額から血が滴ってくるのが見える。
それに合わせて観客のざわめきがさらに強くなった。
『歌しかないから、私は歌で戦う。下を向いている人たちが私の歌で少しでも前を向けるように、私の歌で少しでも頑張ってくれるように、もっと言えば―――私の歌で明日も生きて、もう一度聞きたいって、そう思ってもらえるように私は歌い続ける! 歌しか歌えない私に世界は救えないけど、でも、今こうして私の声が届く範囲の皆には少しでも笑顔でいてもらいたい。そのために私はここに来たっ! だからここが私の戦場なんだッ!』
ライブ中とはまるで別人のような覚悟とそれに見合った迫力のある言葉。
いつの間にか石を投げた女が膝から崩れ落ち、顔を覆うようにして涙を流し始めていた。
それを皮切りに、観客共も涙を流しながら膝を突いていく。
その光景を見ながら、フラフラしてるくせにまだ気張って倒れないように必死に堪えてるバカ野郎を迎えに行くために再びステージに上った。
「――――よく頑張ったな。カッコよかったぞ」
「えへへ、あんがと………ってか、もう1回石だと思ってなかったわ……悪くて殴られるくらいだと思ってたのに……めっちゃ痛い……泣きそ……」
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