第350話
坂下が落ち着いてきた頃、病室に新たな客が入ってきた。
病院だと言うのにキセルを咥え煙をくゆらせるその人は坂下の襟首を掴んで窓から投げ捨てるとおもむろにベッドに腰掛けた。
「―――負けたんだってな」
「……はい」
「強かったか?」
「なにも……させてもらえませんでした」
ふぅーと、病室に煙を吐き出し、窓の外に視線を向けたスコシアさん。
その表情はあの馬車の中で見た表情とどこか似ていた。
「スコシアさんの方はどうなったんですか」
「全員切り捨てた」
「珍しですね、あのスコシアさんが遊ばないで戦うなんて」
無理に笑みを浮かべてみれば、スコシアさんの鋭い表情と視線がぶつかる。
「はぁ……ったく、ガキが無駄に気使いやがってよ」
今度は煙ではなくため息を大げさに吐き出したスコシアさんが俺の頭を乱暴に撫でる。
「ちょっ、やめてくださいよ! 一応病人なんですから!」
「うるせえバカ野郎が。勝手に負けやがって。一応てめえはこのアタシの弟子なんだぞ、それがむざむざこんなところで負けやがってよ」
いつもより何倍も乱暴に、しかし、いつもの何十倍もその手手と声色からは優しさが伝わってくるのがわかる。
「その勇者はアタシが相手する。今のお前らじゃ荷が勝ちすぎる」
「いやでも―――」
「弟子やられてはいそうですかって程アタシは人間できてねえんだよ」
先程までとは打って変わって、今スコシアさんから伝わってくるのは明らかな怒気。それもこれまでに見たこともないような鋭く、そしておどろおどろしい物。
「俺達がやられたって聞いて急いできてくれたんですか?」
その怒気に耐えられず、いつものごとく軽口を叩いてみれば、本来であれば頭を鷲掴みにされていたはずなのに、今日ばかりはそうではなかった。
「そうだよ。悪ぃか」
ぶっきらぼうにそっぽを向きながらそう言い放ったスコシアさんの顔は少しだけ赤かった。
「あ、いえ、その……なんだかちょっと嬉しくて……」
「うるせぇ」
「いてっ」
今日はどうやら優しい日のようで、こんなに軽口を叩いてもデコピン一発で許してくれた。
いつもなら鎖で縛られて魔物討伐の武器にされたりしたのに。
「初陣ってのは一番死ぬ確率がたけえんだ。だから、負けようが逃げ帰ろうがどんな状況だろうとこうして戻ってきた。それだけでも儲けもんだって思っとけ」
立ち上がったスコシアさんはドアの方に歩いていくと、何かを思い出したかのようにこちらに振り返り、懐から何かを取り出すと―――
「あだっ!?」
俺の顔面に目にも留まらぬ速さで投げつけてきた。
「それと、よく帰ったな馬鹿弟子」
痛みにパニックを起こしている最中にスコシアさんが何か言った気がしたが、うまく聞き取れなかった。
投げられた物を手に取りみてみれば、かなりぼろぼろで年季の入ってるお守りがあった。
それを見た途端、涙が溢れ出してきて、声を押し殺すこともできないくらいの悔しさと嗚咽がこみ上げてくる。
あんなにすごい人に教えられて、あんなに強い人に期待されて、俺は負けた。
完膚なきまでに。
あの人の教えは間違ってないはずなのに、あの人の使ってくれた時間は嘘ではないのに、それなのに俺は負けた。
何もできずなにもさせてもえず、圧倒的なまでに。
「あぁ、ちくしょう……悔しいな……」
あんなに泣いたのはいつ以来だっただろうか。
悔しくて握りしめた拳に涙が落ちてくる。
俺ももっと、あの人みたいに―――強くなりたいな。
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