第342話

「―――ッ…」


「その顔を見るに、俺の読みは当たってたってことだな」


 そう言って槍を片手に一歩シーバスさんが前進すると、それに合わせるように男が一歩後ずさる。


「おっと、気をつけろよ? ここには御存知の通り俺が頭が痛くなるくらい罠をそこら中に仕掛けてる。不用意に動こうもんなら……即死ぬぜ?」


 シーバスさんが相手を挑発するような笑みを浮かべるのと同時に、地面が爆ぜる。


 一瞬にして彼我の距離をつぶしたシーバスさんは移動で生じた運動エネルギーをそのまま自慢の槍へと伝え、それを突き出す。

 しかし、対峙する男もそう簡単にはやられてくれないようで、シーバスさんの突きをバク転の要領で回避し、カウンターとして紫色の魔力の塊のようなものをいくつか放つ。


「―――せりゃァ!!!」


 眼前に突如現れた魔力の塊だったが、シーバスさんの槍によってすべてが分断され、霧散してしまった。

 苦し紛れの魔力弾では彼の猛追を止めることはできず、すぐに距離を詰められ、シーバスさんの間合いであるミドルレンジでの攻防が続いている。


「意外とやるじゃねえかよッ!!」


「……ちっ、これだから、脳筋は、嫌いだ……」


 悪態をつきながらも、あのシーバスさんの攻撃を回避していく男。近接特化のシーバスさんでもなかなか攻めきれないところを見るに、相当高位のかごを持っていると思う。


「てめぇらなんでこの子を―――」


 魔法障壁と槍が激しくぶつかり合い、このままではらちが明かないと距離を取り、シーバスさんが口を開いた。


「……なにも、知らないんだな……」


 それに対して男は口元を裂いたような笑みを浮かべながら私を見つめてきた。


「―――まあいい。どうせここで死ぬことに、なるんだから」


 そういって男は注射器のような物を取り出し、それを自身の首筋に突き刺した。


「おいてめえ! 何してやがるッ!」


 すかさずシーバスさんが彼との距離を詰め、槍を振るうが、その時にはすでに手遅れだったようだ。


「―――くくく……はっはっは!!!! これが力だ! これこそが僕の本来の能力! 最強の個性だ!!」


 振るわれた槍が彼をとらえる前に、彼からあふれ出した膨大な加護が周囲を埋め尽くし、シーバスさんの槍さえも押し返してしまった。


「な、なんだこりゃ!?」


 爆風のような加護波を腕をクロスさせて防ぐシーバスさんの目のまえに、いつの間にかあの男に召喚されたであろう英雄が現れた。


 ぎりぎりのところでその英雄の繰り出す一撃を回避したシーバスさんだったが、改めて距離を取り、今私たちがどのような状況なのかを理解すると、途端に苦虫を噛み潰したような表情になってしまった。


「―――これはやばすぎる……どうにかして逃げんぞ」


 そう、私たちの目の前には再び大量の英雄が……いや、今までの数倍の人数の英雄が立ちふさがっていたのだ。


 シーバスさんの分析では召喚できる英雄の数には限界があるとの読みだったが、しかし今では先ほどまで想定していた人数よりも遥かに膨大な人数が立ち並ぶ。


 ―――その光景はまさに"絶望"と言って差し支えないものだった。


 こんなの、勝ち目なんてあるわけがない……

 


















「報告。南西より多数の英雄の気配が現れました」


「あぁ~、どうすっかなぁ。行けそうか?」


「肯定。本機のみでも問題なく処理可能です」


「んじゃ行くか……でっけぇ借りを返しによ」


 岩場に腰かけながら煙草を揉み消す男と、その隣に静かに佇む表情の感じ取れない女。二人の視線の先には王都ランバージャック、そしてそこにいるであろう一人の男を見つめていた。


 かつての借りを返すために二人は歩み始める。

 

 かつてのような煌びやかな装備を捨て、実用性を重視した無骨な装備を身に纏い、かつて感情の宿っていなかった瞳に強い意志を宿して。








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