第337話 眼鏡かけてるのに眼鏡を探してる

「―――――っ!?」


 声を出そうとした瞬間、男が一瞬にして私の目の前に移動し、首を締め上げられた。


 足が地面から離れ、バタバタともがくが男の腕はびくともしない。


「―――た、す…け……」


 首をしめられているせいか、声がでない。


 宙ぶらりんになってしまった足で男を蹴りつけるが、まるで巨木を相手にしているかのごとく彼は微動だにしないまま話しかけてきた。


「質問に答えろ」


 どういうこと…

 この人達は昼間のあれを見られて私を追ってきたわけじゃないの…?


「貴様は新体制派の――――」

 

 男がそこまで喋った瞬間、この部屋のドアが派手に吹き飛び、黒いロングコートをはためかせた男性が飛び込んでくる。


「手ぇ離しやがれ!!」


 何もないところから槍を取り出し、それを私を掴み上げる男に向かって突き出した。

 その瞬間、私の体が強烈な力で動かされ、その槍の延長線上に移動させられてしまった。


 ―――しまった。私が邪魔をして……


 固く目を閉じ、自身を激痛と共に貫くであろう槍が来るのを待つが……


「―――っとと、サンキュー嬢ちゃん。あんたのおかげであのボス油断してくれてたみたいだわ」


 訪れたのは痛みでも死でもなく、優しげな声だった。


 私をいつの間にか抱きかかえた彼はすでに扉の前付近まで移動しており、先程まで私がいた場所には……


「その……攻撃……その移動…まさか……っ!」


「―――死人に口なし――ってな」


 全身に私の小指くらいの太さがある針が刺さっている黒尽くめの男が必死の形相でこちらを指差していた。


「きさ、ま、―――せん」


「爆」


 彼が告げると同時に、ドアをくぐり、扉を締める。

 その直後部屋の中から爆発音が聞こえてきた。


「さて、さっさと逃げるぞ嬢ちゃん」


「は、はい! でも、どうしてここが…?」


「ん? あぁ、外にいたの俺だからな。それに言っただろ、『いつでも飛んでいく』ってな」


 そう言って爽やかな笑みを浮かべて笑ってくれた。


「ありがとうございます……シーバスさん」


 王都付近の冒険者の中で、若手最有力と呼び声高いシーバス・リーガルさん。

 彼の逸話はその冒険者期間からは想像もつかないほどに多く、曰く“伝説の継承者”とも称されるほどだとか。


 かの伝説の冒険者千器と同様に、複数の武器を状況に応じて使い分け、そして未だに解明の進まない彼独自の“陣術”と呼ばれる技術を解き明かし自在に操ることができると。

 英雄ではなかったとされる千器よりも、英雄でありながらその力を使うシーバスさんはいずれ千器を超える存在になると今では王都で知らない者の方が少ない冒険者だ。

 そんな人が、どうして私の監視などというあまり実入りがあるとも思えない依頼を受けてくれたんだろう。


「細かいことは置いといて……」


 そう言って息を私の方を真剣な瞳で見つめるシーバスさん。


「―――無事で良かった」


 そう言って彼は私のことを強く抱きしめた。


 突然のことに頭が回らず、「はにぇっ!?」などという声を出してしまったのは私史上一生の不覚だった。


 しかし、そんな幸せな時間もつかの間、彼が耳元で小さく舌打ちをすると同時に、全身を浮遊感が襲った。


「―――っ!?」


「安心しな、あんたは絶対に俺が守ってやる」


 真剣な眼差しを向けながらそういったシーバスさん。

 先程まで私が居た場所に視線を向ければ、そこには先程の男と同じ格好をした人が三人、剣を抜き放った状態で立っていた。


「―――全く空気も読めねえのかよてめえらは」


 そう言いながら、何かの札が結び付けられた針を地面に投擲すると、またたく間にそこから煙が上がり、彼は屋根を伝って王都の郊外に駆け出した。


「少し揺れる。舌噛むんじゃねえぞ」


 返事をしようとしたが、それこそ本当に舌を噛んでしまいそうになるので私は精一杯歯を噛み締めながらうなずいた。


「―――チッ! 索敵系の個性持ちがいやがるな」

 

 ギリッと奥歯を噛み合わせるような音が聞こえたと同時に、進行方向に追手とは異なる別の人が現れた。


「おいおい、おいおいおいおい、ったく何なんだよこれはよ。相手さんはなりふり構わなくなってきやがったってか?」


 王都の外れ、スラムにほど近い場所で待ち伏せをしていたのは、大柄ながらやや細身の男、ピンク色の可愛服を着た童女、そして全く個性を感じさせない地味な見た目の男が居た。


 シーバスさんはその三人を見るやいなや足を止め、顔には苦笑いとも取れる、苦しそうな表情を浮かべていた。


「見た感じ英雄クラス…それが三人か、それに追跡者の中の個性持ちも気になりやがる……」


 見上げる彼の顔に、この時初めて余裕がなくなったのを感じた。

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