第336話 (意味深)ってつけるだけで大抵の言葉はエロくなる

 結局そのまま私は男性にギルドに連行され、今ギルド長の前で肩身の狭い思いをしている。


 確かに思えば今朝方の一件は完全に私に落ち度がある。それに今日は仕事を休んでしまっているからこそここに来るだけでも気まずさがある。


「だぁから! お宅ん所のこの嬢ちゃんどうなってるわけ!? 通行人にいきなり犯罪者用のカラーボールぶつけて謝りもしないとかさぁ! えぇ!? お宅ではそういう教育方針なんですかこの野郎!」


「い、いえ、当方といたしましても、業務時間外のことでして……」


「業務時間外? ナニソレ関係あるんですかっての! お金が発生するときだけ守って、その他は知らんぷりなんですかこの野郎! この子とは所詮お金だけの割り切った関係ってことですかーっ!」


『この子とは所詮お金だけの割り切った関係ってことですかーっ!』のところだけやけに大きな声で、しかもフロアに聞こえるようにそう言った男性に対し、その誤解されるような言い方に焦りを覚えたのかギルド長が焦りながらも深々と頭を下げた。


「今回の一件、ギルドとして、ランバージャック支部を代表して謝罪させていただきます! つきましてはお召し物の弁償をさせていただければ……」



 そこから話はどんどん進んでいき、結局私はギルドの二階部分にある下宿スペースに謹慎。その見張りとして冒険者が配備される事になった。


 いや、いくらなんでも厳重すぎませんかこれ。

 これじゃまるで囚人だ……本当に何なんだあの人は……

 

 意味がわからない。突然私によってきたと思ったら本性は最悪だし、クレーマーだし思い出すだけで腹立たしい。


――――ただ、頭を撫でられた時、不思議とすごく安心したことを覚えてる。


「優しい手……だったのかな…」


 つい、撫でられた頭に手を持っていき、自分でもそこを触ってしまう。

 それと同時に蘇る記憶。


『と見せかけての乳首つねり!』


『げはははっ! 戦いは常に無情なものなんだよヴァカ!!!! ぺっぺっぺっ! それに、ぺっ! 唾かけられてるお前のほうが、ぺっ! よっぽど俺よりきたねえんだよ! かぁぁぁ! ッッペ!!!』


『この子とは所詮お金だけの割り切った関係ってことですかーっ!』


 ……私はもしかするとなにか重大な病気なのかもしれない。

 それかあの男に呪いでもかけられたのかな…


 私の謹慎期間はなんと一週間。

 あの男のクレイジーな訴えを全面的に飲む形でギルド長は折れたのだ。

 後半二人でこそこそ話していたけど、おそらくろくでもないことだろうと簡単に予想がつく。


「はぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろ」


 そんなことを思いながら窓から外を眺める。

 幸いにも食料や衣類などは運んでもらえるとのことで、見張りの冒険者の方が教えてくれた。


 というか、その見張りのはずの盲検者さんといま部屋の中で普通にトランプをしながら時間を潰している。


 おそらく向こうもこれがだいぶおかしな依頼だということはわかっているんだと思う。


「お、これは俺の勝ちかもな」


 そう言って私は彼の手札から引き上げたカードに視線を送る。


 ジョーカー。絵柄に書かれた下卑た笑みを浮かべる道化がどうにもあの被り物の男性に見えてしまう。


「そういえばこのあたりで頭に妙な被り物をつけた人を見ませんでしたか?」


「ん? あぁヘルメットね。たしか少し前に王都に来たやつの中にそんなのがいた気がするな」


「やっぱりそうですか。私も最近見かけて、なんだろうって思ってたんです」


「まあ四六時中ヘルメットかぶってるみたいだしな。ありゃ相当な不審者だぜ」


「まったくもってそのとおりです」


 なんて会話をしながらトランプをしていると、すぐに日は落ちてしまった。


「おっと、もうこんな時間か。そろそろ交代のやつが来るから一応はおとなしくしておいてくれよ。まあ、流石に今回は相手が面倒なやつだっただけみたいだけどな」


 申し訳無さそうな笑みを浮かべながら出ていく冒険者の方。

 なかなかに気さくで、今度私の担当になったら色々話を聞いてみたいと思ってしまった。


「いるか?」


 その後入浴を済ませたあたりでドアの向こうからノックとともに声が聞こえてきた。


「ちゃんと謹慎してます」


「……そうか」


 それだけいうと今度の冒険者は黙ってしまった。

 ドアに何かが当たる音が聞こえたから、おそらくドアに寄りかかって腰をおろしたんだと思う。


 いや流石に逃げ出したりはしないけど、まあ彼も依頼で受けている以上は仕方ないのかな。


 なんて思っていたからだろうか。

 ―――気が緩んでいた。油断していた。忘れてしまっていた。

 

 今朝方私は、人が殺されかけているところを見たんだ。

 まるで“蓋をされていたかのように”忘れかけていた感情が突如として襲いかかってくる。


 背中に氷でも入れられたかのように身震いを起こし、窓を閉めようと振り返るさなか、私の時間は“加速”した。


 ―――あれ、私窓開けたっけ。


 振り返れば、そこに全身黒尽くめの男が、ナイフを片手にこちらを見つめていた。

 

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