第335話 メインよりサイドメニューのほうが旨いってよくある

「最近は妙な冒険者も周囲をうろついている。今日が最後のチャンスだと思え」


「かしこまりました」


「それを片付けておけ」


 それだけ言い残して騎士甲冑の男性は闇に溶け込むように姿を消してしまった。

 今のはおそらく個性なんだと思う。

 私も人の個性を見るのは初めてだけど、この世界には個性と呼ばれる特殊能力を持つ人が少なからず存在する。

 

 今のような説明不可能な現象を起こしたりできる力だと聞いて履いたけど、まさか人が跡形もなく姿を消してしまうなんて芸当ができるなんて。


 少しずつ現場から離れて、とにかく人を呼ばないと。


 そう思い、私はその場をあとにした。


(ごめんなさい……ごめんなさい! 私じゃ、何も……できない)


 胸中から湧き上がる罪悪感が足を強引に前に進める。

 今朝方のめまいや体調不良がまるで嘘のように、今では強迫観念に駆られるようにして足が進んでいく。


 そして、騎士団の詰め所の前にたどり着いた時、私は足を止めた。


 激しく乱れる呼吸と、どくどくと煩い心臓の音を聞いて、私は少し冷静になったんだと思う。


―――そういえば、あの場にいたのも、騎士だった……


 騎士団の詰め所まで走ってきたのはいいけど、そういえば現場にいた人も騎士だった。

 つまり、騎士団に頼ることはできない。


 この国に3つ―――つい最近4つになったけど騎士団は複数存在する。

 しかし、どこにあの人がいるかわからない。


 この状態で報告なんてしたら私まで……


 そこまで考えて、思い出されるのは彼女の切断された腕と、つぶされた足。

 溢れ出す血液と、彼女の泣き顔が鮮明に脳裏をよぎり、底冷えするような恐怖を感じた私はその場から逃げた。


 自分の体を抱きしめるようにしながら、まるで目に見えないなにかから隠れるように道の端を小走りで駆けていく。


 こわい、コワイ、怖い。


 何が起こるのか、私が見たことがバレてしまえば私もあんな目に。

 だけど、彼女を助けるためには誰かに助けを求めないと行けなくて。

 でも―――今の私にその勇気がない。


 微かにぶつかり合う歯がカチカチと不快な音を立てる。

 今の私を見たら、おそらくひどい顔をしているだろう。

 そんなことが自分でもわかってしまうくらい体がおかしくなってしまっている。


 早く、早く家に帰って、それで……それで?


 家に帰って、どうするの。


 ひたと、そこで足を止めてしまう。

 

「――――いや…」


 醜い。


「いやぁぁぁっぁああ!!!」

 

 なんと醜いのだろうか。

 私は、あろうことか、無意識のうちに自分のことだけを考えて、それで―――


 彼女を見捨ててしまっていた。


 全身の震えは最高潮に達し、大声を上げ、私はその場に頭を抱え座り込んでしまう。


 動きたくない。

 何も聞きたくない。

 何も見たくない。

 

 声を出し、耳をふさぎ、目を閉じ、足を止めかがみ込む。


 これでなにか変わるわけではないけど、それでも、それでもこれ以上耐えられない。


「―――ったく、叫びてえのは俺の方だっての。え? なにこれめちゃくちゃ臭いんですけどどうしてくれるんだよ俺のフェロモンが霞んじまうじゃねえか」


「――――え、え……?」


 ふさぎ込んだ頭に、その見た目、性格、話している内容からは想像もできないほど優しくて温かい手が乗せられた。


「知ってるか? 泣いても、叫んでも、神様は助けちゃくれねえんだ。だから、自分でどうにかしなくちゃならねえ。自分のことは自分で何とか出来ねえやつから死んじまう。誰かが助けてくれるなんてこともねえ。勝手に解決してくれるなんてこともほとんどねえ。だからこそ、立って、歯を食いしばって、一番辛いと思う道から逃げちゃ行けねえんだ」


 そう言っておそらく笑ったのであろう被り物をかぶった男性。


「泣いてもいい。立ち止まってもいい。だけど、“立ち向かうこと”を諦めた瞬間、死ぬよりも惨めで苦しい優しい地獄に落とされる。覚えておくといい」


 そう言って頭をなでていた手が私の前に差し出される。


「立てるか?」


 あぁ、この人は……本当になんて、なんて……


「あ、ありが、とう、ござい、ます……」


 涙でぐしゃぐしゃな顔のまま、私はその手をとって立ち上がる。


 大丈夫。私は、もう逃げない。

 

 言うんだ。私が狙われるかもしれないけど、そんな可能性なんかどうでもいい。

 目の前に助けられるかもしれない命があるのだ。


「来てもらっていいですか……」


「あぁ、俺もそのつもりだった」


 やっぱり、この人はすごい。

 私が助けを求めることなんてお見通しだったんだ。


 ―――しかし、彼女のいたはずの場所にはすでに血痕が残されているだけだった。


「―――っ……」


「えっと、ギルドってこっちじゃないよな?」


「え、ギルド……?」


「そうギルド」


「どうして……ギルドに……」





「そんなの決まってんじゃん。オタクのカラーボールでだめになった服の弁償をしてもらうついでにギルドに責任押し付けて小遣いもらうんだよ。申し訳ないけど協力してもらうぞ? それにちゃんと“歯を食いしばって、一番辛いと思う道から逃げちゃ行けねえんだ”って言ったろ? 恥ずかしいと思うけどギルド長にしっかり頭下げて、少しでも多く金をせびれるように頼むぜ相棒!」


 あ、やっぱこいつダメだ。


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