第334話 やる気あるのか!って言い方でやる気なくなる

「あ……」


 つい反射的にやってしまった……

 そう思ったのもつかの間、持ち上げられていたハーシュたんがカラーボールの中の溶液まみれになってしまっている男性を指差しで笑っていた。


「ダッサ! ダッサ! まじダサいんですけど!!!」


 お腹を抱え、涙目になりながら爆笑を続ける彼女を無視し、男性はそのまま走り去ってしまう。

 つい、その後を目で追いかけてしまったが、もうすでに彼の姿は見えなくなってしまった。






「やっちゃった……」


 あのカラーボールは洗ってもなかなか落ちづらく、強烈な臭いもなかなか取れない。

 あの男性には申し訳ないことをしちゃったなぁ。

 何かしらの知り合いみたいだったけど、せっかく二人でいるところを邪魔しちゃったし……私もしかしてハーシュちゃんに嫌われちゃうかも……


 もうライブに行ったときに手を振っても返してくれないかもしれないし、握手会で嫌な顔をされるかもしれない。


 そう考えるだけでなんだか気分がどんよりと落ち込み、次第にめまいまでしてきた。


 今日はだめだ。仕事休もう。


 そう思って通信用の魔道具を使いギルドに連絡を入れ、私は再びベッドに潜った。


 布団を頭から被り、今朝のことを忘れようとしてもなかなか頭にこびりついてしまって離れない。


 嫌だなぁ。私……。

 憧れのハーシュちゃんと仲良さそうにしてるだけだったあの人……いやでもまあ先日のバーの一件を考えればなかなかにおかしな人だったとは思うけど、それでもあんなにハーシュたんが心を許している人なのに……


 布団の中でもんもんとして、気がつけば昼過ぎになっていた。


 流石にそろそろご飯を食べよう、そう思ってベッドを出たとき丁度通信用の魔道具が新着メッセージを知らせてきた。


『ギルドに謎の暴漢が侵入。店内で大暴れした後姿をくらませた』


 これは……間違いなくあの人だろう。

 そもそも冒険者はほとんどの人が脛に傷を持つ人達だ。

 

 そんな人に私はとんでもないことをしてしまった。


 今度ギルドに行ったときにちゃんと謝らないとだめだなぁ。


 下手をするとなにか面倒なことに巻き込まれてしまう可能性さえある。

 この間のバーの一件からあの人の本性が見え透いてしまい、あまり関わり合いになりたくはないけど、それでもこれ以降の面倒なことに比べたら軽微なものと割り切った。


 冷蔵庫を開けてみれば、食材がないことに気が付き、若干まだふらつく足取りで外に出る。

 流石に仕事をサボった罪悪感みたいなものがあり、簡易的に顔を隠すための帽子を少し深めにかぶりながら市場へ足を進める。


 市場は当然の如く賑わっていた。

 卸の方々や、冒険者の方、近隣の主婦の方などもたくさんおり、常に喧騒で溢れかえっている。

 そんな中を人にぶつからないように進みながら、目的のお店を回っていた時だった。


(あれ、あの人どこかで見たことあったような…)


 その後姿になんとなく既視感を覚えた。

 緑がかった金髪を方のところで切りそろえた髪型。

 少しなで肩でどこか自信なさそうに歩くその姿に誰かが重なった。


(―――――いけないいけない)

 

 そう思い再び足を進め、目的のものを買い揃えられたのはそこから少し後のことだった。


 市場の人だかりもだいぶ増え、ランチがてら新鮮な食材を求めてきた冒険者などで溢れかえっている。

 そんなこともあって少し裏道に外れ歩いていると、より深いところ、より薄暗く、より裏道の奥にあの女性がいるのが見えた。


 しかしその姿に、私はかろうじて、本当にギリギリのところで声を上げるのを堪えた。


―――血まみれだった。

 それどころか、片腕の肘から先がなく、右足はなにかに潰されたかのようにひしゃげてしまっている。

 壁に持たれながら激しく息を乱し、涙を流している。


 ギルドで様々な状態の冒険者を見てこなかったら、今頃私は悲鳴を上げてパニックになってしまっていたところだろう。


(ど、どういうこと……なに、なにが……?)


 突如として襲いかかってきた非日常。

 それを前に声を上げることをこらえるだけで精一杯になってしまう。


「――――ちがっ……ごめ……さい……わた……ちがう……の……しらない……しら…いから……」


 女性の声を聞いてはっとした。

 一気に視野が広がり、建物の影になるところに人がいることにその時ようやく気がついた。


「こんなにしてよろしいのですか」


「問題ない。王国派の連中がやったことにすれば問題ない。何より、我々は行方不明のあの方を探さなくてはならないのだ。それはなによりも優先される」


 目の前の現状がありながら一切表情を変えずそう話していたのは……街を守るはずの騎士団の方だった。


 







 

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