第331話 たまに良い事する悪役より、たまに悪事を働くヤツのほうが悪く見える

 何なんだろうこの感じ。彼の一挙手一投足から目が離せない。


 まだ一杯も飲みきっていないのに顔が熱くて、胸がどきどきしてる……。


「お、おいおい、そんな一気に飲んだら……」


 火照った顔を覚ますために手元のお酒を一気に煽ったら、彼が少し慌てたような声を出した。

 それが少し意外で、だけど心配してもらえていることが少しだけ嬉しく感じた。


「はぁ、お冷と、ロイヤルターキーをロックで頼む」


 彼の前に出された2つのグラスのうち、ロックグラスが私の前に滑ってくる。

 何事かと思って彼を見れば、彼はすでに酒棚を眺めていた。


「これも、飲んでおくといい」


 そう言いながら今度はお冷のグラスを滑らせようとして、そして……


「あ」


「えっ!?」


 盛大にこぼした。


「あ、あえっと、すまん! マ、マスター! 彼女に至急おしぼりを!!!!」


 水浸しになったカウンターを必死に拭く彼が少し気まずそうな顔を向けてきた。


 い、いや私も気まずい! めちゃめちゃ気まずいから! お願い! 誰かなんとかして!


 私の祈りが通じたのか、カランカランと入り口のドアの音がなった。


「はぁ、疲れたなぁったくよ、何なんだよ男爵の野郎…」


「ほんとだよな! あっちにいけこっちが手薄だって、てめえの頭皮が一番手薄だろうが」


 あまりこの店の雰囲気に合わないお客が来てしまったようだ。

 それに、あまりの気まずさにそちらを見ていたのがいけなかったのか、その二人はニヤリを笑みを浮かべると私に声をかけてきた。


「お姉さんかわいいね」


「よかったらテーブルで一緒に飲まない?」


 あぁ、最悪だ。こういうのが苦手だからわざわざ人の少ないところで飲んでるのに……

 どうやって逃げようかと悩んでいたら、カウンターを拭いていた彼が私の手をつかもうとしてきた手を止めた。


「粋じゃねえな。お前ら」


「な、何だてめえ!」


「いや何、さっきまでその人と一緒に酒を飲んでただけの男さ」


「あぁ!? 関係ねえなら口出ししてくるんじゃねえよ」


「あぁ、そうだな。彼女と関係のない俺が彼女とお前たちが一緒に飲むことに口出しをするいはないさ」


「じゃああさっさと―――」


「だけどな、酒の席で女を怖がらせるような輩は同じ男として許しちゃおけねえのさ」


「んだとこの野郎!!!」


 そういった男は掴まれていた腕を振り払うと、彼に勢いよく殴りかかった。


 危ない―――っ!

 そう声が出そうになった時、彼が動いた。


「―――かァァァっペッ!」


「うわっ! こいつ痰吐きやが―――」


 殴りかかろうとした男の股間が蹴り上げられ、その男は声もあげられず泡を吹いて倒れた。


「あ、アニキィ!! チクショウなんて卑劣な野郎だ!」


 そう言っているもう一人の男の人はなぜか内股で股間を押さえながら少しずつ後ずさっている。


 だけど、そんな男の人に向かって彼は勢いよく足を動かし、一歩踏み出した。


「ひっひっひ、少しでも油断したら俺の右足が火を吹くぜ」


 股間を押さえる男の人はしきりに彼の右足を警戒している。

 

「と見せかけての乳首つねり!」


「ふがぁぁぁぁ、ひ、卑怯だ離せ!!」


 彼が内股の男の人の乳首を強烈につねりあげ、たまらず男の人が抓っている手をはたき落とそうをすれば、途端に彼の右足がピクリと動き、男の人の手は股間に戻される。


「な、なんて汚えやつなんだっ!!!」


「げはははっ! 戦いは常に無情なものなんだよヴァカ!!!! ぺっぺっぺっ! それに、ぺっ! 唾かけられてるお前のほうが、ぺっ! よっぽど俺よりきたねえんだよ! かぁぁぁ! ッッペ!!!」


 それからその寸劇は数分間続き、我慢の限界に来た乳首をつねられている男の人が一か八か手を離し、殴りかかろうとした瞬間に、彼の“左足”が股間を蹴り上げ、ついに二人共地面に突っ伏していた。


「うおっほん……大丈夫かい、お嬢さん」


「あ、すみません明日も仕事なのでもう帰ります。お先に失礼します」


 お酒は程々に、飲んでも飲まれるな。

 これは多分雰囲気にも同じことが言えるんじゃないかなって、私はこの時学んだ。


「え、あ、ちょっ!?」


「ではさようなら」


 さっさと会計を終わらせ、席を立てば、ひどく狼狽えている彼の姿が横目に入ってくる。


「なぜだ……なぜだぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 そんなシャウトを聞き流しながらドアをくぐり、私は家に帰った。

 思いの外今日はぐっすりと眠れそうな気がした。

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