第330話 どんな経歴も(自称)ってつけるといきなりダサくなる
厨房に入ったのはいいけど、そういえば食材がなかったんだった。
王都内が荒れているときに食料は国に安く買い叩かれてしまい、今の支部には人に振る舞うようなものを作る材料が残っていない。
それに気がついてあたふたしているところに、先程の冒険者の方が来て、鞄からごそごそと何かを取り出した。
「こんな情勢じゃ食料だってなくなっちまうよなぁ。はいこれ使って、あとこれもよろしく」
そう言って彼が取り出したのが、竜肉。そしていくつかの調味料だった。
驚くほどの高級品というわけではないけど、若い冒険者でこれを持ってこられる人はそうそういないくらいには入手難易度の高いお肉だ。
独特の筋の入り方をするお肉だからこそ、ひと目見ただけでわかる。
それにこの調味料もよく見ればなかなかに良いものばかり。
それをいとも簡単に差し出すということはそこそこ名の売れた冒険者だということ。
「ありがとうございます。それにしても、お若いのにとても強いんですね」
様子見半分で、もらったお肉の下処理をしながら話しかけてみた。
「んあ? あぁ、うん、まあそうね。ダンゴムシよりは強い自信あるよ」
このくらいの年齢でこれだけの力がれば高圧的になってしまったり、自信過剰になってしまう人が多いのに、謙虚な人なんだなぁ。
「ふふふ、そうですね。お肉の焼き加減はどうしますか?」
「お姉さんの好きな焼き加減でいいよ。暇なら一緒に食べようぜ。流石に一人で食うのは寂しいし」
そんなことを言いながら再び六面体に視線を落とした冒険者の方。
集中しているみたいだし、話しかけるのは後でにしよう。
そう思ってお肉を焼くことに私も集中しようとした時だった。
再びギルドの扉が開き、女の子と壮年の男性の二人がギルドに入ってきた。
どうも今日は来客が多いみたい。
そんなことを思いながら、一度火を止め、二人を出迎えに行くために先程の冒険者の方に一言言おうとしたら、甘い匂いが漂ってきた。
「あれ、さっきまで……」
いつの間にか先程までそこにいた冒険者の方がいなくなっており、その場には彼が必死に解こうとしていた六面体のパズルだけが置かれていた。
「って、いけないいけない」
入ってきた二人に声をかけるためにエプロンを脱いで入り口に向かう。
「いらっしゃいませ。ようこそ冒険者ギルドランバージャック支部へ」
本日の業務もつつがなく終わり、私はその足で最近行きつけになっているバーへと足を進めた。
最近は治安が悪かったこともあってあんまり行かなかったけど、今日は久しぶりに人と話をして、なんだか話足りなくなっちゃったんだと思う。
バラードの流れるシックな店内に入れば、途端に非日常感に全身が包み込まれ、微かに香る樽の香りが鼻腔をくすぐった。
「……いらっしゃい」
グラスを拭き上げているマスターさんが静かに言う。
この店は、失礼だけどあまりお客さんも多くなくて、一人で飲むには最高の店だと勝手に思ってる。
でも、今日は珍しくカウンターに人がいた。
カウンターの上に黒いお面のような被り物を乗せ、微かに哀愁を漂わせながらグラスの中の氷を転がす男の隣に私は腰掛けた。
「いつものやつをください」
「はいよ」
それだけのやり取りを終え、私はこちらを一瞥し、グラスに視線を戻したその人に声をかけた。
「なんでいなくなっちゃったんですか。お肉私が食べちゃいましたよ」
ちらりと私の方を見た彼は一度グラスに口をつけると、ゆっくりとそれをカウンターに置き、酒棚に並ぶボトルを見ながら言った。
「少し野暮用がな……」
一つ一つの動作が洗練されていて、とてもこの年代の男性とは思えない。
それに、このなんとも言えない絶妙な雰囲気も相まってすごくかっこよく見えてしまう。
「あ、あの、そういえばお名前って……」
「別に……名乗るほどの者でもないさ」
「そ、そんな事ありません! その年齢で竜肉をあんなに簡単に出せるのもそうですし、頂いた香辛料だって高品質のものばかりで……」
「ははは、そいつはありがたいね。だけど、本当に俺はただのしがない冒険者さ。依頼をこなして日銭を稼ぐそこらの冒険者と何らかわらない」
私の前に置かれたグラスをちらりとみやった彼はそこで初めて微笑を浮かべた。
「随分と強いお酒が好きみたいだなお姉さんは」
「あ、えっと、その……は、はい……」
コーンを原材料とするウイスキーが好きで、それを私はよく飲んでいた。
それをひと目でわかってしまうのもすごい。
「そ、そういえばギルドに来たときと随分印象が違うような…」
「あぁ、昼間には昼の顔を、夜には夜の顔を持っているのが大人ってもんなのさ」
そう言って彼は再びグラスを傾けた。
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