第329話 果てしない一分と、一瞬ですぎる数年

『ランバージャックの王都は荒れに荒れていた。

 治安維持のために聖十字騎士団は東奔西走し、外壁側の警備は黒鉄騎士団が厳重に固め、貴族や王族などの警備に近衛騎士団も珍しく慌ただしく駆り出されていた。


 頻発するテロに加え、最近はそのテロに乗じて犯罪を犯す者も少なくない。

 それだけではなく、騎士団に対して何かしらの妨害工作を行っているのか、事件の知らせを聞きつけ、移動してみれば、すでに犯人は逃走済み。

 現場に向かった騎士団には王都の国民から非難の声がかけられていた。


 この数ヶ月で起こった変化はそれだけではなく、王都周辺の魔物も活発になり、戦闘能力という一点を取れば王都最強の黒鉄騎士団が王都を開けることも増えた。

 

 そんな折を見てか、王都内で強権を奮っていた外交大臣が暗殺された。


 それにより王都に居を構える貴族たちは貴族街の警備を聖十字騎士団に打診したが、聖十字騎士団団長エルザ・トラストがこれを近衛騎士団に委任。

 さらにエルザ・トラストの夫の運営する移動商業都市タートルヘッツの助力もあり、大量の物資が王都に運ばれ、暴動は一旦の沈静化を見せた。


 しかし、未だに外交官暗殺の件や、王都付近の魔物の活性化、騎士団への不審、国民ではなく自身の保身に走った貴族への反感などは民心に大きな傷を残し、治安の安定化はなされていなかった。

  

 それに伴い、これを神からの天罰と称する集団が現れ、事態は更に泥沼化した。

 その集団は急速に治安が悪くなり、地価の下がった土地を買い上げ、独自宗教の協会を設立。

 それだけではなく、人の及ぼす災害に関心を示さない統制協会へのヘイトスピーチなどを行い始める始末。


 糾弾しようにも参拝者が後をたたない今の教団を国から追い出すこともできず、聖十字騎士団は静観する他なかった。


 そんな王都に光をもたらしたのが、勇者だった。


 異世界から召喚され、戦いから身を引いていた勇者たちが立ち上がったのだ。


 戦うための心を一度は折られた彼らは、王都で定職につき一般人と何ら変わらない生活を食っていたが、右も左も分からない自分たちにこれほどの厚遇を与えた王国にその剣を持って報いるための覚悟を決めたのだった。


 勇者たちは王都周辺の警備にあたっていた黒鉄に合流し、溢れかえった魔物の討伐に乗り出した。


 初めは難航していた討伐だったが、次第に勇者のレベルが上がるに連れ、状況は日増しに改善されていった。


 それによって手が空くことになった黒鉄が王都内の暴徒の鎮圧に成功し、その功績を持って、今回の魔物討伐に乗り出した勇者たちを王国は第四の騎士団、勇傑騎士団と命名し、その団長には団員の推薦によって野中叶のなかかなえという勇者が、団長補佐に勇者の教育係を努めていた近衛騎士団の男が任命された』


「これでようやくおしまいになったかな?」


 手元にあった特集記事を四つ折りにしてカウンターの上に置き、がらんどうとしてしまったギルドの中を見渡す。


「そりゃこれだけ王都が荒れてたら上層部も王都支部に依頼は持ってこられないもんね」


 それに、外壁付近で討伐された魔物の素材に関してもギルドじゃなくて、国が管理してるからギルドに卸すこともないし、本当に暇になっちゃったな。


 この支部に来る前は毎日忙しすぎたけど、こっちに異動になってからは逆に暇すぎて疲れちゃいそうね。


 そんなことを思っていると、ギルドの入り口の戸が開く音がして、そちらに視線を向ければ……


「うっわなにこれ、閑散期? 最近のギルドはこんなに暇なのか、俺も受付嬢に転職しようかな」


 黒いお面? のような物をかぶった男の人が騒がしく入店してきた。


 せっかくだしお出迎えにでもいってみよう。


「いらっしゃいませ。本日はようこそ冒険者ギルドランバージャック支部へ」


「あ……お、おう、いらっしゃいました」


 私の顔を見て少し困ったように言葉をつまらせたその人は私から視線を外し、カウンターの脇に設置されたクエストボードに視線を向けた。


「依頼なさそうね」


「そうですね……最近色々ありましたから依頼は他の支部にお願いしている状況で」


「まあいいや、んじゃ飯食ってくわ」


 特に気にした様子もなくそう言った冒険者の方はギルド内の飲食スペースに腰をおろし、周囲を見回した。


「あれ、もしかしてやってない?」


「ふふ、大丈夫ですよ。私が作りますので」


 どうせカウンターに座っていても何もすることがないし、せっかく来てくださった冒険者の方をそのまま帰すのも忍びないので、私が厨房に立つことにした。


「相変わらず忙しいのね君」


 飲食スペースのカウンターに座る冒険者の方がなにか言ったように思ったけど、気のせいだったみたい。

 

 彼はポケットから出した9つに分割された6面体の色を揃えるおもちゃを必死でぐるぐると回していた。


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