第328話 進撃って言葉だけでもう巨人

「死ぬ気で剣を振れ、じゃねえと死ぬのはてめえだ」


 押し付けるように前に出された刃を自然体のままの一凪で切り飛ばし、薙ぎ払われた勢いによって隙だらけになった胴体に蹴りを叩きつけるスコシア。

 

 弾丸のような速さで吹き飛ばされた宮本はそのまま訓練場の壁に背中を打ち付け激しく吐血した。


「宮本くん! 今回復を―――」


 すぐさま後方に控えていた巣鴨が負傷した宮本を回復させようと近付くが、その本人がそれを拒んだ。


「回復じゃない、補助だ!」


 それだけで宮本の意図を察した巣鴨は、宮本を蹴り飛ばした状態のスコシアに迫る坂下に補助の魔法をかける。


 身体能力向上、知覚能力向上、生体時間加速、思考速度加速、身体強度向上。

 それ以外にも多種多様な補助を並列して即座に坂下に施し、その術式を『ループ化』させた。


 彼女の個性は循環。圧倒的な持続力を誇り、継戦能力で言えば勇者の中でも随一を誇る個性である。

 

「―――ドレスアップ【ソルジャー】!!!」


 低い姿勢から切り上げるようにスコシアに向けて繰り出される逆袈裟の刃。

 しかし、その刃は見る人が見れば凶悪な笑みを浮かべたスコシアに踏み砕かれる。


「足刀」


「まだ、まだぁぁあ!」


 一瞬にして光の粒子となって消えた剣を再度作り直し、今後は胴体を刈り取るように横薙ぎに剣を振るう。


「ははっ! 気合入ってるじゃねえか!」

 

 そういったスコシアは手に持っていた割り箸を坂下の振るう剣にぶつけた。








「だいぶまともになってきたんじゃねえか?」


 乱暴な笑みとともにそう言ったスコシアの前にはぼろぼろの姿の坂下と、うつぶせに倒れ、身動き一つしない宮本がいた。

 修行開始当初はスコシアを立ち上がらせることもできず、坂下と宮本は地面に倒れ伏していたことから考えれば、獲物ではないにしろ、"棒状の物"をスコシアに振るわせただけでも大きな進歩であった。


 しかし、地面に倒れ伏す二人よりも大きな進化を見せたものがこの場にいた。


「スガモ、さっさとこいつら“”直して次のメニューに移んぞ」


「わかりました……火をくべ、灰を起こし、地に還り、草となりて輪転せよ【循環】」


 回復やサポートをメインに担当している巣鴨だったが、その成長は著しいものがあり、予≪あらかじ≫め指定していた空間内で消費されたリソースを循環させ、リソースの無限循環を可能としていた。


 ―――それはつまり、巣鴨の指定した空間内であれば使った魔力も、体力も、気力も余すところなく回復据えることができるというもの。


 そして"世界最高の剣豪12名"に与えられる12天剣の称号を持つスコシアに、まがいなりにも"剣技"を使わせ始めている二人を遥かに凌駕する成長の最大の要因として挙げられるのが……


「―――っぷはっ!? また俺死んでたのか!?」


 "命"の循環である。


 勢いよく顔を上げた宮本は周囲をきょろきょろと見まわし、そして視界の隅で耳に小指を突っ込みながらへたくそな口笛を吹いているスコシアにジトっとした視線を送った。


「師匠! 修行の意味わかってますか!? なんで俺だけこんなポンポン殺されないといけないんですか! 死なないために修行しているのになんかこれじゃ死ぬ訓練みたいになってるじゃないですか!」


 宮本はなぜかことあるごとにスコシアに殺され、そのたびに今のように食って掛かっていく。


「っせぇな! てめえがくそ貧弱だからついぶっ殺しちまうんだろうがっ! 恨むならアタシじゃなくクソ雑魚のてめえ自身を恨みやがれ!」


「じゃあなんでいっつも俺ばっかり殺されるんですか! 坂下が殺されてるところなんかまだ一回しか見たことないですよ!」


 憤慨する宮本に対し、スコシアは少しだけバツの悪そうな顔をして、それを悟らせまいとそっぽを向いてみせた。


 実のところ、坂下の成長は恐ろしい程の多様性を持っており、成長度合いで言えば宮本よりも高いものだった。

 しかし、こと剣術においては宮本の成長は坂下の比ではなかった。

 坂下は多様性溢れる様々な戦術、スタイルを駆使して、ようやく宮本の剣術に対抗しうる成長を見せたが、それでもスコシアにとってそれはまだまだ“お遊戯”で片付けられる程度のもの。

 しかし、宮本の剣術に関してはすでに“遊んでみたくなる領域”に踏み込んでしまっており、スコシアがついつい手加減を間違えてしまうことが宮本の死亡率が跳ね上がった理由だった。


 生粋の剣士にして、世界最高の剣士12人に与えられる称号、十二天剣の絶剣を担うスコシアにとって、少々厄介な程度では遊びにさえならない。

 

 逆を言えば、そのスコシアをもってして、つい遊び心が駆り立てられる程の剣士などそうはいない。



 バランス良く全てのパロメーターを伸ばした坂下と、一点に絞り、それを極限に高めんとする宮本。

 

 二人の成長を垣間見たスコシアは再び凶悪な笑みを浮かべたのだった。

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