第327話
「これが王様のお墓?」
「そうそう。んで、ここに俺の友達もいるわけ」
それだけの会話でハーシュは何かを察したのか静かになった。
スタスタと進んでいく俺の背後でおとなしくしている。
この元気っ子がやかましくないのは少しだけ違和感があるけど、どうやら共感能力がかなり高いのかもしれない。
「―――よう」
そして、俺はついにミハイルの墓の前にたどり着き、そこで腰をおろした。
「生憎と俺はワインの良し悪しはよくわかんねえんだ。だからこれで勘弁しろ」
何かの機会にミハイルに渡そうと思い、結局渡しそびれてしまったワインを取り出し、取り寄せたグラスに注ぐ。
それを石碑の前に起き、もう片方を俺が持つ。
「再開に―――乾杯」
それだけ言って、苦手でプライベートでは絶対に口にしないワインを一気に煽る。
おそらく生前のアイツが見ていれば、飲み方について文句をたれてきただろう。
「―――色々あったんだってな。少しだけ聞いたよ。俺の方もあれから面倒な事があってな―――」
それから約1時間と少し、俺はミハイルと酒を飲みながら語った。
返事なんか帰ってこないし、届いているかなんかわからない。だからこそ、これは俺の自己満足だ。
だけど、けじめでもある。
団長さんが持ってた“王の手記”には、ランバージャックを包む不穏な気配のことが記されていた。
しかし、それを見るためには手記自体に施された封印を解かないといけなかったので、おそらく団長さんも知り得ないものだろう。
こいつはわかっていたのかもしれない。
こんな物を残すくらいだ。
俺がいつかこの世界に帰ってくることが予想できていたんじゃないだろうか。
さすが稀代の賢王だ。
多少考えすぎなところもあるし、超がつくほどの親ばかだけど、それでも、本当に最高の友人だったと思う。
あの中にいて、たった二人だけの“凡人”だったこいつと俺は、お互いに何か似たものを感じていたのかもしれない。
努力で成り上がり、足りない部分をしっかりと補ってくれる優秀な人材を自ら集めた。
それによって稀代の賢王なんて言われる程の功績を収めたんだ。
足りない部分だらけの俺が連中に助けられていたように、こいつもそうやって生き抜いてきた。
さぞかし生きにくい世の中だっただろうな。
これほどの強者の集まる世界で、凡人のままその強者と渡り合わなくてはならない。
そして、時にはその強者を超えなくてはならない。
俺は逃げることもできたが、国なんてもんを背負っているこいつは逃げることもできなかった……いや、何回か本気で逃げ出そうとしてたわ。
離島に行って家族と自給自足するとかほざいったっけ。
「それなのに、何やってんだよお前……」
勝手に死にやがって。
死ぬならせめて、クソほど幸せな中で死ねよ。
それに、俺に……一回失敗しちまったはずの俺に、また面倒を託してよ…。
「安心しろ。今度は、今度こそは全部うまくやる。もう失敗しない」
もうあんな気持ちは懲り懲りだ。
この世界を心底憎んだし、神様ってやつを心の底から殺したいと思った。
だけど、いつまでもそれに囚われてちゃいけないって、そう言ってぶん殴られたのは今でも覚えてる。
痛かった。
魔物の一撃より、英雄の一撃より、古代種の一撃よりも、俺にとっては“父親”の一撃は計り知れないほどに重かった。
「これから王都に行く。俺たちの国を取り戻す」
手元にある酒を一気に飲み干し、グラスと空き瓶を格納する。
「久しぶりに、しっかりする。いつまでもおちゃらけていられないし、“あいつ”もそれを望まないだろうし」
石碑に向かってそう言って立ち上がる。
正直これから何が起こるかわからない。
事前準備は星の記憶である程度できたが、確実と言うには程遠い。
それを埋めるのは、俺の現場での動きだろう。
「じゃ、また来るわ」
それだけ言い残し、俺は石碑に背中を向け、今度は違う石碑の前に足を進めた。
「待たせて悪い」
その石碑の前に腰をおろし、落ち葉を手でどかしてやる。
「お供えだ」
置いたのは、昔よく俺からくすねて勝手に吸っていたのと同じ銘柄のタバコ。
「どうにもしくじったみたいだ。だから今度こそ決着つけてくるわ」
優しくその石碑に触れる。
別にぬくもりを感じるとかはない。
ただ、感傷に浸りたかっただけだ。
―――覚悟を決めるために。
「―――行ってくるよ“ヘネシー”」
もう二度と、ミハイルに託されたものを失わないために。
俺に希望をつなげた馬鹿な友達のために。
俺を希望だと言った馬鹿な女のために。
一番守りたくて、守らなきゃいけなくて、それでも守れなかった女を、これ以上悲しませないために。
◇◇◇
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