第325話
流石にこのままハーシュを見捨てると少しだけ可愛そうな気がしないでもないので、並走している彼女を小脇に抱え、俺は左手のクロスボウから放たれたパイルを一気に巻き取る。
「―――はーはっはは!! これぞ人類の力だ!」
空中の結界に打ち込まれたパイルを巻き取ったことで俺たちは地上数十メートルというところまで浮かび上がっていた。
そこから絶えず次のパイルを打ち込み、それを巻き取ることで空中を高速移動していく。
それに対してバシャヒクノシュキーは憎たらしそうに地面を走っているだけ。
ふふふ、これぞ人間の知恵というものよ。
人間は頭を使えるからこそ食物連鎖の頂点にふんぞり返ることができるのだよ!!
ドヤ顔でハーシュを見れば、即座に顔面に拳がめり込んだ。
「な、なんで…」
「こんな事できるなら最初からやれ!」
「ごめん忘れてた」
もう一発いいのをもらったのは言うまでもない。
しかし、これでようやく厄介なあの化け物から逃げることができるわけだ。
なにせこの先には大渓谷があり、そこに掛かる橋は街道沿いにある。
今の俺達は街道からかなり外れたところまで来ていることから、追跡は困難だろう。
「ふぅ、ここまでくれば流石に大丈夫でしょ」
「―――ばっ!!! てめえそれフラ―――」
俺が言い切るよりも早く、それは起こった。
なにかを確かめるように一度うなずいたバシャヒクノシュキーが特大のジャンプを披露してきたのだ。
その高度は俺達の今いる高さを遥かに飛び越え、上空から俺たちの方に急降下してきやがった。
「ほら見ろ!! いわんこっちゃない!!」
「ホントなんなのよこの怪物は!!!」
隕石のような速さで落ちてきたバシャヒクノシュキーを間一髪のところで回避し、なんとか別の結界にパイルを刺し直すことに成功した。
「まて、まてまてまてっ!! それは反則だろうが!!!!」
しかし、バシャヒクノシュキーの猛攻はそこで収まらず、なんとこのクソ馬は英雄でもできる者とできない者に分けられる“
空踏とは、簡単に言えば空中を踏みつけ、走ることや飛ぶことができる技術だ。
これを行うには圧倒的な身体能力とともに、化け物じみたセンスを要する。
しかしできるようになってしまえば空を飛ぶことができない人間でも空中戦を行うことができる。
そうか、だからさっきの攻撃はあそこまで早かったのか。
方向転換の際に空踏で威力を上げていやがったってわけか。
ということはつまり……こいつの基本スペックは英雄並みに高いってことだ。
いやまあわかってたけど…それでも信じたくなかった。
「ちょっと!! なんであいつ空走ってるのよ!」
「そういう技術があるんだよ! ちくしょうこうなったらただ逃げるのは絶望的だぞ…」
そんなことを言いながら件の大渓谷の上まで来てしまった。
ここでは空中戦以外の選択肢がない。地面に罠を張ったり、時には逃げたりすることもできない。
それに結界の無いところには移動できないってのがかなりのマイナスになってくる。
「どーすんのよどーすんのよどーすんのよぉぉぉ!!」
「はぁ、しゃーないな」
ハーシュにパイルにくくりつけた弾性の強い糸をくくりつけ、そのまま逆バンジーさせる。
方向としては斜め上。移動しながら滞空時間を稼いでくれれば御の字だ。
「ちょま―――」
吹っ飛んでいったハーシュを尻目に、すぐ後ろまで迫っていたバシャヒクノシュキーに向き直り、振るわれた拳をなんとか回避する。
しかし、すぐに踏ん張りを効かせ、方向転換してきやがった。
こっちはギリギリ体を捻っての回避だが、向こうは地上と同じように振る舞えるという利点を理解し、そして最大限活用しようとしてくる。
思考能力もしっかりあるとか余計厄介じゃねえか。
「結界」
結界の外側で爆破を起こし、その爆風を結界によって面で受けることにで一気に上空に浮かび上がる。
それに追従しようとバシャヒクノシュキーも降下しながらも脚を曲げ、一気に空気を蹴り、こちらに飛んでくる。
「お前がそれなりに頭のいいやつで助かった」
普通の魔物ならこっちを振り向くのにもっと時間がかかる。
それに追撃に移行するのだってもっと遅い。
しかし、こいつは高い学習能力を持ち、高すぎる身体能力を持っている。
故に、超至近距離で、俺の落とした閃光灯の明かりを見ることになった。
「ギャァァァッ!!!」
「申し訳ないけど、鬼ごっこは終わりだ」
武器庫から取り寄せた巨大なハンマー。それに組こまれた機構が連続で爆破を起こし、振り下ろす勢いをまたたく間に加速させた。
「落ちろっ!」
全身全霊のフルスイングが目を閉じ、顔を腕で覆うバシャヒクノシュキーを捉えた。
しかしだ。相手は英雄と同等の身体能力を持つ怪物。
これだけで安心できる俺じゃないのだよ。
左手に射出機を装備し、そこにプレゼントを巻きつけて発射した。
うめき声とともに高速で落ちていくバシャヒクノシュキーと、それを追うように迫るプレゼント。
それを見届け、俺は射出機でパイルを打ち出し、落下を始めたハーシュを回収したのだった。
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