第323話
「あれ、なんか女の人が…」
俺の後ろでその姿を確認したハーシュが驚いている。
というか、俺も驚きを隠せない。
どうしてこいつがこんなところに……
「確かバシャヒクノスキーって男しかいないんだよね?」
「あぁ、そうだ。バシャヒクノスキーはオスしか存在しない……」
「じゃあこの人は?」
「……」
こちらに向け、好戦的な笑みを浮かべながら馬に並走する変態をちらりと一瞥したあと、大きなため息とともに俺は答えをハーシュに教えた。
「こいつはバシャヒクノスキーじゃない……バシャヒクノシュキーだ」
「は?」
「いだだだだいだい!!! 抓るなよ!」
「いやあんたがふざけるからじゃん」
「ふざけてなんかいねえよ……過去に一度だけ発見されたとされる伝説の魔物…バシャヒクノシュキー。こいつはすべての性能でバシャヒクノスキーを大幅に上回る…だが…」
その瞬間、嫌な予感を感じ、俺はハーシュを抱えて馬から飛び降りた。
突然のことでハーシュが腕の中で小さな悲鳴を上げるが、今はそんなこと知ったことではない。
「ぶるるるるっ…ふしゅー」
嘶きにも似た女の声が聞こえた瞬間、俺達の真横にボトッとなにかが落ちてきた。
暗がりではあれど、この臭いを俺は知ってるし、間違えるはずもない。
これは――――血の匂いだ。
「良くも俺のバサシーヌ2号をやりやがったな…」
「いや名前最悪か。って、なんかやばくない!?」
「あぁ、最悪だ。バシャヒクノシュキーは言い伝えによれば……競争ではなく、闘争で主を決めるとされている……昔発見されたときには数百って被害者が出たほどだ。しかもそのバシャヒクノシュキーは結局誰にも捕まえられず逃げおおせたと聞いた」
「……え、えっと、つまり?」
「ワンチャンゲームオーバー」
「いやだぁぁぁああ! 死ぬならせめて勇者様と一緒に戦って死にたかったぁぁっぁあ! あ、でも私戦う意思無いから安全じゃない?」
「ばかか、ただ走ってるだけで馬の首吹っ飛ばす怪物だぞ。意思とか関係なくぶっ殺されるだろ」
ほんと、神様は俺のことをなんとしても殺さないと気がすまないのかしら。
それか、俺の苦しむ姿を見て楽しんでやがるのか。
本当に最悪だぜくそやろう。
「とりあえず、今できることは逃げの一手だ。他のことは考えず全力で逃げるぞ」
そう言いながら足元に陣術をセットし、周囲にも結界を張り巡らせる。
即席の罠をいくつか設置し、ジリジリとにじり寄ってくるバシャヒクノシュキーから距離を取ろうとする。
「―――走れっ!」
向こうが一気に踏み込むと同時にこちらもバシャヒクノシュキーから距離を取るために走る。
申し訳ないがバサシーヌ2号はここに骨をうずめてもらうことにした。
そんなことより俺は自分の命が大事だからな。
「あぁ畜生! なんでこううまく行かねえかな!!」
「ほんっとあんたに頼んだのが間違いだったわよ! なんでアタシまでこんな目に合わないといけないのよ!」
そう言いながら爆音が断続的に響く後方から全速力で逃げる。
ハーシュも身体能力は低くないようで、しっかりと走って逃げてくれている……ってか待って? 俺より早いんですが!?
「ちょっ! ハーシュたん脚早くね!? 待って!? ねえ待ってってば!!」
「近寄るんじゃないわよ! この疫病神!」
「てめえ! 誰が疫病神だ! せめて貧乏神くらいにしやがれ!」
「っさいわね! 私は自分の命が惜しいのよ!」
「俺だって命が惜しいんだよ!!」
そんな感じで逃げながら罠を設置して少しでも距離を稼ごうとしたわけだが……
「フフフ、ハハハハハッ!!!」
爆音に紛れて頭のおかしな笑い声が聞こえてきやがる。
これは間違いなくバシャヒクノシュキーのものだろう。
ってかなんであいつは完全な人形なんだよ!!
「うぎゃぁぁぁあ!! あいつまだ追ってくるじゃない! 足止めくらいしっかりやってよね!!」
「うるせぇ! こっちだって精一杯やってんだよ! 文句はあの化け物に言ってくれよ!」
「アーッハッハッハ!!!」
背後から迫るバシャヒクノシュキーの様子をちらりと見れば、馬車引いていないにもかかわらず、全身から金色のオーラが溢れ出し、どう見てもバシャヒクノダイスキフォームが展開されていることがわかる。
その性能に物を言わせ、地雷や結界を物ともせず直進してきやがった。
「「ぎゃあああああああ!!」」
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