第322話

 ハーシュを後ろに乗せ、街を出る。

 このまま真っ直ぐ進めば2日と少しで王都に到着の予定だが、流石にそこまで簡単に王都に入れてくれると思っていない。


 人通りの少ない街道に入った段階で俺は懐から撒菱をぶちまける。

 そして少しして悲鳴のような嘶きと、おっさんの聞きたくもない叫び声が聞こえてきた。


「人のケツに気を取られてっからだバーカ」


「ケツに気を取られてたわけじゃないと思うんだけど」


「いいんだよ。そういうことにしとけば」


 なんて適当な会話をはさみながら追手が撒菱で全滅するまで適当にそこらを駆け回る。


「あれから罠仕掛けてないわよね?」


「そりゃね。いちいち相手にしてられないし」


「じゃあなんでまだ後ろから悲鳴聞こえんの?」


 あれから少し走っているわけだが、ずっと俺たちの背後では馬とおっさんの悲鳴が聞こえてる。

 想像以上の追手の多さにおじさんもびっくりです。


「俺は自然環境に配慮できるエコロジストユーリさんだから撒菱も無駄遣いしないの」


 そう言いながら撒菱につながるインフェルノスパイダーの糸をハーシュに見せる。


「あぁ、そういうことね」


「といっても、これ以上はもう無理だろうな。連中も道に何かを撒かれてるのはすでに理解してるだろうし。端に避けた連中用に撒いた分も完全に避けられちゃってるみたいだ」


「じゃあどうすんの?」


「このまま鬼ごっこでもいいんだけど、俺的におっさんに追いかけられて悦ぶ趣味はないんだ。ちょいと耳塞いでな―――爆」


 後方にぶちまけておいた撒菱を爆破し、その音に驚いた馬が驚き、追手共は馬の制御が効かなくなる。

 それによって馬に振り落とされた連中はこんな中途半端なところから徒歩で街に帰ることになるという盛大な嫌がらせだ。


 もちろん、普通の爆炎陣では心もとないので、ここは爆音弾と爆雷陣でとにかくでかい音を出すことに注力したわけです。


「さて、追っても見える範囲にはいなくなったし、このまま二人でハネムーンなんてどう?」


「爆破の余韻であんまり聞こえないんだけど、死にたいってことでいい?」


「王都は近いぞー気張っていこー」


 どうやら俺のラブコメは少しだけお預けのようだ。


 通常なら夜中に街道を走るのは危険だ。

 如何に街道と言っても夜中は魔物が活発になる時間であり、その時間にわざわざ馬を走らせるのは如何に慣れていると言っても危険だ。

 活性化した魔物は何をしでかすかわからない。

 

 しかし、それこそが狙い目なのだ。

 先程転ばせた連中は金で雇われた連中であり、忠義を持って動く騎士でもない。

 だからこそ自身の身を第一に考え、比較的安全な街道の近くで魔物よけの香でも炊きながら夜を明かすだろう。

 故に俺たちがアイツ等を撃退した情報が向こうに着くのは朝方、下手をすれば夕方になる。

 そうなれば俺たちがそれなりに自由に動ける時間はかなり確保できる。

 

 それともう一つ、俺にはこの時間に馬を走らせる理由がある。

 なにせこのあたりは―――バシャヒクノスキーの群生地だ。


 野生のバシャヒクノスキーは敵対心がそこまで高いわけでは無いし、夜だからといって無闇に人を襲わない。

 それでも、奴らは魔物なのだ。

 魔物にはそれはそれは面倒な修正が各々備わっている。

 

 その最たるもので言えば、バシャヒクノスキーの競争意欲だろう。

 バシャヒクノスキーはより早く走るものに惹かれる。


 この時間にこれだけスピードを一切落とさず馬を走らせればさすがのバシャヒクノスキーでも競争心を駆り立てられ、もしかすると向こうから顔を出してくれる可能性さえある。


 バシャヒクノスキーを捉えるのはかなり難しい。

 あの強靭な肉体はバシャヒクノダイスキフォームを発動していなくてもそこらの盾兵を用意に吹き飛ばすレベルの破壊力を持つ。


 だからこそ彼らは市場にあまり出回らず、そして超高額で取引される。


 そんな彼らを捉えるのは難しいのだが、しかしある条件を満たせば彼らは従順に従ういい足になってくれる。


 その方法とは―――


「どうやらお出ましのようだな」


「え、なに―――」


 俺の腰に捕まるハーシュが最後まで言い切るよりも先に、俺達の乗る馬の隣に森の中から黒い影が飛び出し、並走してきた。


「バシャヒクノスキー。古今東西様々な“騎獣”の中で最高峰の魔物だ」


 龍馬と比べてその速度は圧倒的。

 馬とはスタミナは比べるまでもなく。

 中には飛竜よりも高く跳躍するものも存在する。

 

 人間と殆ど変わらない体のため餌は最低限で済むし、馬車を引くこと、荷物を運ぶこと、放しても勝手に戻ってくるところを加味しても最高の騎獣だろう。


 俺の知る中でバシャヒクノスキーよりも最高の騎獣はキルキス位のものだ。


「さぁて、最高の助っ人を調略するとする――――ってえぇぇぇぇっぇぇえっ!?」



 俺たちの隣に並走していたのは、原始人のように胸元を布一枚で覆い隠した金髪の女だった。

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