第321話

「もう少しそっち詰めてよ」


「あぁ、鬱だ……世界はうそに満ちている……」


「な、なにが言いたいのよ」


「いや、別に……はぁ」


 本物だった。

 本物だったのだ。

 

 気配もそうだし、それ以外の様々な特徴が全て本当のハーシュたんと合致してしまう。

 そのことに絶望を感じながらも目の前の酒を飲む。


 隣には俺の奢りと聞いて意気揚々と飯と酒を注文する女がいる。


「なあ、なんでお前こんなところに一人なんだ?」


「逃げてきたの。夜中まで見張られてるとかめんどくさいし」


「有名人も大変だな」


「そうでもないわよ。でもここ数日いきなり警備が厳しくなったというか、むしろ……」


「監視されてるのはあんたの方だってか? 被害妄想激しすぎませんか?」


「でも、ほんとなの。アタシが王都でライブしたいって言ってから急に……たぶん王都の内乱が関係してるんだと思うけどそれにしたってやりすぎ」


 そう言って手に持った酒を一気に煽るハーシュ。

 その姿はまさしく仕事終わりの一杯を嗜むおっさんの様だった。


「かぁーおいしいっ!」


 普通ならカクテルとかの可愛い酒だと思うんだが、こいつは蒸留酒を飲んでやがる。

 度数もそうだし、きつさも結構な物をぐいぐい飲んでやがる。


「ほどほどにしとけよガキンチョ」


「アンタより年上だっつの」


「いやこう見えて俺70歳だから」


 65まで過ごしてから現代に還って、13から17まで生活したわけだし大体70くらいだ。


「はぁぁぁ!? アンタもしかしてエルフの混血!? ……って程美形じゃないもんね……じゃあそう言う個性とか?」


「ぶっ飛ばされたいんですかねえこのクソガキ」


「てへっ!」


「あぁチクショウ! 可愛いから許しちまう自分が憎い!!!」


 そんな感じで2人して酒をがぶがぶ飲んで、だいぶ酒が回ってきたアタリでハーシュが深刻そうな顔で話しかけてきた。


「そう言えばアンタって冒険者?」


「採取とか探索系依頼ばっかりこなしてる冒険者の端くれだけど、まあそうだな」


「ならよかった。ねえあんた、アタシからの依頼、受けてくれない?」


 思いの外真剣な話の様で、向こうはグラスを置き、顔を隠してはいるが、それでもしっかりと目を見てそう言ってきた。


「……どんな仕事だ? 夜の手ほどきなら喜んで引き受けてやるけど」


「そんなわけないじゃない。あんたどうせ童貞でしょ? 素人に何を教えられるっていうのよ」


「だッ!? だ、だだだれが童貞だよ」


「……動揺しすぎじゃない?」


「ごめん俺も思った」


「はぁ、それにさ、アンタ、アタシにあんまり興味ないでしょ? 発言と仕草が伴ってないわよ。童貞のくせにこっちチラ見したり、変な視線向けたりしないじゃん」


「……まぁ、そりゃな」


「だからあんたに依頼したいんだけどね。依頼は簡単よ。私と王都に行ってほしいの。その間の護衛をお願いしたいのよ」


「……さっきの話を差し引いても、なんで俺なんだ? もっと信用に足るやつはいるだろ? それにわかると思うけど俺に強さはない。だから護衛なんかできるわけないだろ」


「……この前さ、アンタアタシのボディーガードに声かけられてたじゃん? あの時異常なほど落ち着いてたし、アタシがくっつく前に……ナイフ持ってたでしょ」


 ……コイツマジでよく見てるじゃねえか。

 なんだよこいつの観察眼は……。

 

 確かにあの時連中の接近には気が付いてた。 

 だからそれに備えて武器を手の中に出したけど、それも本当に一瞬だった。

 こいつがくっつくために重心を動かした段階で武器は倉庫に戻してる。

 それなのに俺が武器を持ったことに気が付いてるし、いざという時逃亡できるようにしていることもばれてたみたいだ。


「はぁ、まあ俺みたいな雑魚が生き抜くにはあれくらいできないとダメなんだわ。それと一つだけ聞かせてくれ……王都に行って何するんだよ」


 俺の問いに、彼女は答えた。

 俺の予想外の言葉を、予想以上に真剣な眼差しを持って俺に訴えてきた。


 

◇ ◇ ◇


「はぁ、んじゃ行くか」


 会計を済ませて二人で店を出ると、直ぐに路地のさらに先に進み、何度か折れ曲がる。

 程よく歩いたところで足元に煙幕を撒き、店の外で彼女のことを見張っていた連中を一気に撒くことに成功した。


「よく気が付くわね」


「追いかけられるのには慣れてんだよ。モテるからな。それより口閉じてねえと舌噛むぞ」


 打ち込んだパイルを高速で巻き取る推進力によって高速移動をはじめ、体にGがかかる。


「――ぐえっ」


 小脇に抱える彼女から若干くぐもった声が聞こえたが、舌でも噛んだのだろう。

  

 いわんこっちゃない。


 あまりやりたくなかったが、外壁近くの厩舎に入り、そこで馬を盗む。 

 さすがにただ盗むのは俺んポリシーに反するので、馬が3頭は買えるであろう金と、不要になったハーシュ・リザーブのサイン色紙を置いて行ってやった。


 俺のことを知っている相手がいる。だからこそ目立つことは極力避けて相手の裏をかきたいと思っていたが、これはこれで、まあ仕方がない。

 俺の接近を感じ取れば、おそらく対策をされる。そうなるとただでさえ少ない可能性がさらに天文学的な数字に変わることなんか容易に想像できる。

 しかし、こんなガキンチョに、あんなこと言われたんじゃね……


 さすがに俺も真剣にならざるを得ないじゃん。




『アタシは歌うことしかできないから。だから歌う。精一杯歌う。傷ついた人の為に。これから傷つく人の為に。心が傷ついてしまった人の為に。それがアタシにできる唯一のことだから。歌で世界は救えないかもしれないけど、それでも、誰かの、何かの足しにでもなれれば、それがアタシの歌う意味になるから』







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