第320話
ハーシュのライブは相変わらずの大盛況だった。
しかし俺の目的でもあるエンブレムを付けた騎士が今日に限ってきていなかったので、俺は仕方がなく、それはもう本当に仕方がなくハーシュたんのライブを全力で楽しんでしまった。
まあ? せっかくのライブだし? 楽しまなかったら失礼と言うか? ねぇ?
『今日は本当にありがとー! これからも応援よろしくね!』
いやはや最高だったぜ。
これが恋ってやつなんだな……
『今王都は大変な状況だけど、それでも少しでも皆の心を励ますことができたかな。本当はもっと直接力になりたいけど、でも私には歌うことしかできないから、だからこれからも歌い続ける! 例え歌じゃ世界を救えないとしても、それでも私はみんなの心だけは、心だけにはほんの少しでも希望や楽しみも残しておいてもらいたいの。だから、いつか世界が平和になったら私……世界ツアーとかしてみたい! 私は私の夢の為に頑張るから、みんなはみんなの夢の為とか、家族とか、恋人とか、そんな身近な人の為に頑張ってほしい!』
何やら語り始めたぞあの歌姫。
世界ツアーねぇ。そりゃ御大層な夢だ。
本当に仕方がないから世界各地を知り尽くしているといっても過言ではないこの俺が24時間365日ぴったりボディーガードしてやろうじゃないの。
『それじゃまたねみんなー! また会いに来てね!』
そう言って彼女は舞台を後にした。
それを横目に、俺も気分よく酒でも飲もうと昨日行った狂った店長の店に顔を出すことにした。
ライブ地からさほど遠くない路地に居を構えていることもあり、自然とそこに脚が進んだのだ。
「ぃえらっしゃぇい」
相変わらずのイカレ腐ったいらっしゃいを掻い潜り、店内に侵入する。
今日はまだ時間が早いという事もあり、客の姿は少なかった。
堂々とカウンターの一番端というぼっち御用達の席に腰を下ろし、注文をいくつかする。
少しして勢いよく置かれたおしぼりで手をふき、出された料理をつまみながら酒をあおる。
味は良い。本当にそれ以外がクソだった。
ちなみに今日のお勧めは7色のチーズ牛丼だそうだ。ぶっ殺してやろうかと思ったわ。
そんな感じで酒を飲みながら頭の中の情報を整理していれば、次第に客が入ってきた。
その波に乗じて一人の変質者も店内に転がり込んできやがった。
「……」
「……」
じっと見つめ合う俺たち。
どうやら見つめ合うと素直におしゃべりできないタイプらしいのでこちらから声をかけてやることにした。
「残念だったな。ココは俺のもんだ」
「―――ちっ。邪魔よどきなさい」
「早い者勝ちなんですわ~ざんねんですけどぉ~それとも~? 名前でも書いてあるって言うんですかぁ~?」
鼻くそをはじくりまわしながら聞いてやれば、変質者女はびしっと席の端の方を指さした。
「書いてるわよ」
「うげっ!? コイツ店に勝手に名前書いてやがるのかよ! モラルのかけらもねえじゃねえか!」
「鼻くそほじりながらレディをからかうあんたに言われたくないわ!!」
「それにこれただの傷じゃねえのか? えっとどれどれ……ハー……シュ……リザーブ……?」
「……あ……」
「………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええッ!? てめえハーシュたんと同姓同名なの!? 同じ女で同じ名前でもここまで違うもんなんだな! 方や歌姫、方や変質者とか」
「だぁれが変質者よ! 本人よ本人!! あぁ、もうめんどくさいわね。誰にも言うんじゃないわよ!」
そう言ってマスクとサングラスを取り払った変質者。
その下には………………マジでハーシュたんの顔が出てきた。
「……お前いくら何でも整形してまでハーシュたんになりたいのかよ……」
「いい加減信じなさいよ! どこからどう見ても本人でしょ! そんな哀れんだ視線向けてくんな!」
「………今日は奢ってやるよ………そうかそうか……人生つらいよな……見た目は似せられても内面は聖女とゴリラくらいの差があびゅっ!?」
古来より女性の手の甲にキスをするという名シーンがあるが、今この汚くて店主の頭がおかしい店に置いてその名シーンが一つ生まれた。
まあ少々差し出された手の勢いが強くて前歯が折れかかって鼻が曲がっちまったが、俺ほどの紳士になれば些細な事さ。
「ハァ…ハァ…ハァ…だ、誰がゴリラよ……」
一秒間に4手の甲キスくらいか。
これで俺の紳士ポイントはうなぎのぼりだろうな。
全世界のユーリニストたちがスタンディングオベーションだぜ。
「さりげなく椅子蹴らないでもらえますか? 前歯と鼻に響くんですが」
結局席は奪い取られた。
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