第318話

 基本的にギルドは国家間の問題に不干渉だ。

 だからこそ各国に支店を置くことが出来ている。

 当然そこに加入する冒険者もギルドからの依頼で戦争に介入することはない。

 

 まあ個人的に加担することは珍しくはないんだけど。


 だけど今回は話が違う。

 “冒険者連合”という個人ではなく一組織としての戦争の参加だ。

 それに冒険者という名前を大々的に使っていることも気になる。


 これではまるでギルドが一つの国を乗っ取る為に派兵したと周辺諸国に思われてもおかしくない。

 このことがさらに広まれば他国のギルド支部撤退やギルドそのものの排斥につながりかねない。

 

 そうなれば今まで冒険者の領分で行われていた様々な依頼が宙に浮くことになる。それによってもたらされる人的、物的被害は計り知れないだろう。

 しかし各国にもそれを止める手立てがない。

 

 いつ裏切るかわからない大規模な組織を国内で放し飼いにしたい国など存在しないのだから。


「どういうことだよ」


 そう思いながら、ようやく見つけた安宿のベッドに寝転がる。

 ぎしっとベッドがきしむ音が聞こえるが、今はそれどころではない。


 ギルドがここまでして介入しなくてはならない理由があった?

 それとも当事者の独断か?

 もしくは、先程考えた事柄を引き起こすために?


 このクーデターも裏に相当な厄介事がありそうだ。

 ひとまず明日は噂の冒険者連合とやらの実態を探ることから始めよう。

 そして明後日には俺も王都に入ることになる。


 何が起きてもいいように万全の準備をしなくてはならない。

 それに、もしかするとここで命を落とすかもしれないので、できることなら明日中に童貞を捨てておきたいところだ。


 いやほんと。






 翌朝目が覚めて、寝ぐせを直して歯磨きして、ひとしきりふるちんでベットの上で飛び跳ねた後、服を着て外に出た。


 朝日がまぶしいと感じながらも時計は既に12時を指しており、俺の知らない間に時間の読み方が変わっている可能性について一時間程思考を巡らせた。


「さてと、現実逃避はおしまいにして、そろそろまじめに働きますかね」


 まるで明日からダイエットを始めると言い張る怠け者のようにそんな事を口走れば、メインストリートの奥の方でまた人だかりができているのを見つけた。


 フラッとそこに立ち寄ってみれば、昨日ライブを行っていたハーシュたんが再びライブを行ってるとのこと。


「今日も来てくれてありがとー!」


 即席の壇上から笑顔で手を振る彼女の表情はまぶしかった。


 そんなこんなで結局彼女のライブが終わるまで足を止めてしまった。

 恐らく何かしらの精神攻撃を受けて釘付けにされているのだと思う。

 

 まったく、そこまでして俺に見てほしいってか?

 


 壇上のハーシュたんが周囲に笑みを振りまいていると、偶然俺と目があった気がした。

 これは運命なんじゃないだろうかとも思う。

 これだけの人混みで、その中から俺を見つけてくれるなんて。


「―――うげっ」


 なんて思ってたら、いきなりそんな声がマイクから聞こえてきた。


「どうしたのハーシュたん!」

「何か嫌なことでもあったの!?」


 老若男女様々な客が見守る中、そんな声を出した彼女は苦笑いを浮かべながら『な、なんでもないよー!』なんて言っていた。

 しかし、数名の熱狂的なオタク共は即座に視線の先に俺がいることに気が付き、そして親の仇でも見つけたかのように襲い掛かってきた。


「おまえおまえおまえぇ! 俺たちのハーシュたんになにをしたぁ!」

「許すまじ!この男許すまじ!!!」

「粉々にして海にばらまいてやる!」

「ドラム缶に詰めて沈めてやろうか?」

「あそこは商業施設建設予定地でな、あそこに埋めりゃ向こう50年はお前さんの遺体は上がらねえ」

「生きて帰れると思うなよ?」

「縛り上げて魔物の巣窟に投げ込んでやる」

「ペットのえさにしてやろう!」


 と、ハーシュたん親衛隊と書かれたはっぴを身に纏う連中が宣っている。

 明らかに気質じゃない連中も混ざってるし、最後のやつに関してはチワワみたいな犬を連れてるんだけど、え? 俺そいつのえさになるの?


「追えぇぇぇぇ!!!」


「なんでだよぉぉぉお!!!!」


 結局今日も今日とて追いかけっこだった。

 連中を撒いたのはそれから1時間もたった後で、これほどまでに時間がかかったのはあのチワワの出来損ないが思いの外有能で匂いを頼りに俺を追跡してきやがったからに他ならない。




 

 

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