第317話

「あぁもう! このクソ男!」


「はっはっは! 小娘がこんなところにくるからそうなる!」


 先ほどまでこちらに背中を向けていた彼女に完全勝利し、勝利の余韻に浸っていると、店のドアがけたたましい音と共に開けられ、そこから黒服の男たちが入ってきた。


「な、なんだなんだ!?」


 あまりの出来事に驚きを隠せないでいると、黒服の一人がこちらに歩み寄ってきた。


「君、すこし顔を見せてくれないか?」


 穏やかな、明らかにこちらに警戒させないように努めているような声色で隣の変質者に話しかけた男。

 

「お腹いっぱいだよぅ……ぐへへぇ」


「…………これは失礼した」


 それだけ言うと黒服は他の連中に声をかけ、店長に頭を下げた後すぐに店を出て行ってしまった。


「……ところで、てめえいつまでそうしてる気だよ」


 隣の変質者は俺の腕を抱きながら肩を寄せ、寝たふりまで決め込んでやがった。

 間違いなくあの連中の探しているのはこの女だろう。


「……へ、へん! このあたしと手を繋げたこと一生の思い出にしなさいよ!」


「そうだな。ご近所に自慢して回らねえとな。例えばあの黒服とか……」


「ごめんごめんごめん! 嘘だってば! そんなこと言わないでよ!」


 先ほどまでよりいくらか砕けた態度になった彼女はそう言って酒のお代わりを注文し始めた。

 こっそりポケットの中にそのまま入れられたお金を確認しながら。


「はぁ、いいよこっちも食え。店長会計ちょうだい」


 店長は隣の女の酒と同じくらいのタイミングで伝票を持ってきた。

 それに対して大目に金を渡して、余った分を隣の女の会計から引いてくれとお願いして店を出た。


 ちょっと、柔らかかったし、めっちゃいい匂いがしました。

 ぶっちゃけかなりドキドキしてますはい。


「……はぁ、まあいっか」


 そんな事を言いながら、ギルドを目指す。

 あそこならまあ、飲みなおすには最適だしな。


 ポケットに手を突っ込んで裏路地をぶらぶら歩きながらギルドに向かっていると、曲がり角の向こうで何やら内緒話をしている連中を発見した。

 片方は……恐らく貴族だろう。身に着けている者もそれなりに高価なものだ。

 もう片方は……騎士だろうか。

 しかし見たこともない装備だな。


 ちょっと気になって聞き耳を立ててみると、想像上の会話を行っていた。


「はい。新王派が現在優勢ですね。なんでもセーラムの暴虐姫が弟子を連れて参戦したとか。これは流れが大きく変わりますぞ」


「そうか……暴虐姫まで出てきたか……これは本格的に新王派に肩入れすべきだろうな」


「そうですね……ですが一つ気がかりが……」


「なんだ、もうして見せよ」


「……王都で召喚されたという勇者が戦線に出ていないのです……そこだけがどうしても不可解で」


「ふむ。そのことか。ココだけの話、召喚された勇者で戦いを拒む声が多かったと聞く。そこで希望者に通常の仕事を斡旋していたとか……」


「なるほど! であれば勝敗は間もなくつきましょう。決定的に天秤が傾いてからでは勝ち馬に乗ったと後ろ指をさされましょう。まだ均衡を保てている今がチャンスなのでは」


「うむ。そうであろうな。至急兵を集めて王都に赴くがいい。旗揚げを行い、あとは後方にでもおればよい」


「はっ!」



 ありゃ、俺が何かしなくともクーデター起きちゃってるの?

 それになんか暴虐姫とかいうヤバそうな名前まで出てきてたし。

 ひょっとするとこれに便乗して楽に復習が出来んじゃねえかな?


 まだまだ下調べは必要だろうけど、どちらにしても俺のやることに変わりはないんだし、楽な方法があるなら乗るべきだな。

 


「んなことより酒だな」


 今の出来事は頭の片隅に置いておく程度にとどめ、俺はギルド酒場に向かった。

 相変わらずどこのギルド酒場も夜中まで脳筋が宴会してやがるせいでしっかり空いてる。

 

 絡まれると面倒なので気配を消して、カウンターに腰掛け、コインでカウンターを数回ノックする。


「―――ッ!……いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」


 グラスをトーションかけしてたバーテンダーが一瞬目を見開くも、直ぐに表情を戻し、注文を取ってくれた。


「ウイスキー、匂いのつよいやつで、できれば磯臭いやつ」


「畏まりました」


「トワイスアップね」


 バーテンダーの返事も聞かず、気配を消したまま耳を澄ませる。

 そうするとギルド内で様々なうわさ話が聞こえてくる。

 やれ王都のクーデターだ。やれ新王派は精強だだと。

 旧王派を仕切ってるのはウェルシュ・ランバージャックと、軍務卿の2人だとか。


 しかし、その中で耳を疑ったのが、冒険者連合という組織が内乱に肩入れしているという話だった。



 

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