第316話

 こんな異常な店員がいやがるってのに何故か店は繁盛してた。

 テーブルは全て埋まっており、残されたカウンターも残り一席というところ。

 何が「お好きな席に」だよ一つしかねえじゃねえか。


「よいっしょっと。隣邪魔するよ」


 隣に座る黒いハンチング帽にサングラスとマスクを付けた変質者に声を掛けながら椅子を引き、腰を落ち着ける。

 明らかに隣のやつが嫌そうにこちらに背中を向けながら舌打ちまでしてきやがった。

 

 道理でこいつの隣だけ開いていたわけだ。


「おすすめってどんな感じ?」


「へい、ぁ今日のうお勧めはぁ……フライドポテトでぇござい」


「帰ろうかな」


 素直に口に出してしまった。

 そうすると隣から「ぷっ」という噴出したような声が聞こえ、視線を向けると……


「おいそこの舌打ち変質者、何笑ってやがんだよ」


「は、はぁ!? あたしが変質者ぁ~!? ちょっとあんた誰に向かって……」


 そこまで言うと変質者は急いで周囲をきょろきょろと見まわし、帽子を深くかぶりなおした。


「……命拾いしたわね」


「とりあえず俺タコからでよろしく。それとエール」


「――ッあいよぉ!!!!」


 いやこわッ!?

 油断したらいきなりでけえ声で叫びやがったコイツ……

 

 驚きのあまりテーブルに膝をぶつけてしまい、ガタッってなったところを隣の変質者に見られ、小さな声で「ぷっだっさ」とののしられた。


 とりあえずあいつがトイレに行ってる間にでも飯に無色無臭のタバスコでもかけてやろうと思います。

 当社の絶え間ない研究の結果ようやく完成した無色無臭タバスコ。

 製造方法は簡単。マッカランにタバスコを持たせ、そこから色とニオイを消してもらうだけ。


 仲間内で見せたら「元最強の魔王の個性をそんなことに使うのはお前だけだ」と大変好評を博していた。


「え゛いおまちぃ!!!」


 叩きつけるような勢いで置かれたのはおしぼりで、その後に繊細な手つきで先ほど頼んだエールが置かれる。

 さすがにエールまで叩きつけられたら顔面に拳を叩きつけ返してやるところだったぜ。


「たこからあがったよ!」


 そこからは普通だった。

 ホクホクのたこからが出され、俺は半分にレモンを絞る。


 全部同じ味っていやなんだよねわかる?


 エールをかっこみ、タコからを口の中に放り込めば、衣のサクッとした食感と、その内側にいる弾力のあるタコの食感が絶妙だった。

 味付けもいい塩梅で、これは店員がもっとまともな人間ならもっと繁盛するんじゃねえかって思うほど。


「煮込みと串盛りもちょうだい」


 俺がじゃんじゃん飯を頼みまくってると、隣の変質者がこちらをうらやましそうな顔(見えないからたぶん)で見てきたので、真摯な俺は……


 全力のウザい顔でニマァっと笑って、わざとうまそうに飯を食らってやった。

 そしたら隣のやつは悔しそうに肩を震わせながら太ももの上にのせてある拳を握りこんだ。


「いやぁおいちーなぁ! ほんとここのご飯はおいちーのう!!!」


 くちゃくちゃと、行儀のかけらも感じさせない咀嚼を繰り返しながら変質者を見やる。

 そうするとサングラスの奥の瞳がキッとこちらをにらんできた。

 いらだちを隠す様に変質者はマスクを外し、手元の安酒を流し込んだ。

 どう見ても金がなくてあの一杯をちみちみ飲んでいたように見える。


「ほれ」


 さすがにかわいそうになって、彼女の方に串を差し出してやれば、彼女は手をわなわなさせながら、口元をだらしなくゆがませた。

 わずかに八重歯をのぞかせる口元からよだれが徐々に滴って来て……


「……いいとこあるじゃん」


「と見せかけてからのがぶりっち!!!」


 彼女が安心した顔で手を伸ばしてきたので、串を引き戻し食らいついた。


「あぁ~……あたしの……おにくぅ……」


 串をつかもうとした彼女の手が空を切る。

 そして、出された腕がこれ以上ない程に切なそうに下ろされるのを見て、俺は思った。


 酒がうまい!!! と。


 はいそこ、人間のくずとか言わない。

 金がないのにこんなところに来るのが悪いでしょーが。


「どこのだれだか知らねえがな、無条件で渡されるものになんて何にも意味ねえんだよ。欲しけりゃ勝ち取れ。それがこの世界のルールだ」


 なんて適当なことをほざいてみれば、こちらにさらに厳しい視線を向けてくる。

 その視線には並々ならない恨みつらみが載せられていた。

 


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